【金管バンドナビ】#65 ヤン・ヴァン デル ロースト作曲『カンタベリー・コラール』

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みなさん、こんにちは。金管バンドディレクターの河野一之(コウノ カズユキ)です。

今回は、ベルギー出身の作曲家 ヤン・ヴァン デル ロースト による、日本の吹奏楽界でも長年にわたり高い人気を誇る名作『カンタベリー・コラール』 を特集します。

日本では吹奏楽で演奏される機会の多いこの作品ですが、もともとは金管バンドのために作曲された作品です。本日は、その成り立ちや音楽的背景も含めて、深掘りしていきましょう。

作品情報

作曲年1990年(デ・ハスケ社より1991年に出版)
演奏時間5分50秒
調性変ニ長調(Db major)
編成金管バンド
他編曲版吹奏楽、ファンファーレ・オーケストラ版が1993年出版
委嘱ブラスバンド ミッデン・ブラバント(ベルギー)(Brass Band Midden Brabant)
音源上記ミッデン・ブラバントによるレコーディングはこちらから購入可能(Apple Music)

金管バンドのコンテストにおいては、2012年スイス全国大会の2ndセクション課題曲に選出され、また自由曲としては、2016年ヨーロピアン・ユース・チャンピオンシップスおよび2024年フレミッシュ・オープンで演奏されました。

日本の吹奏楽コンクールにおいては、本作を自由曲として、1994年の全国大会・高等学校A部門に出場した関東第一高等学校 が、金賞を受賞しています。

作曲経緯

本作は、作曲者自身が指揮者も務めたブラスバンド・ミッデン・ブラバント の代表であるロバート・ルヴーグル(Robert Leveugle) の委嘱により作曲されました。

そして本作は、作曲者とルヴーグル夫妻がかつて訪れた、英国イングランド南東部に位置するイングランド国教会の総本山である カンタベリー大聖堂 から着想を得て作曲された作品です(これらの理由により、スコアの作品名上部には「ロバートとアニーのために」と記されています)。

カンタベリーとは

カンタベリー は、イギリス・イングランド南東部のケント州に位置する都市で、先述した大聖堂の門前町として発展してきました。首都 ロンドン からも約87キロメートルと近く、交通の便にも恵まれていることから、現在では観光地としても人気の高い町です。

6世紀末に カンタベリー大聖堂 と修道院が創建され、7世紀初頭には修道士である アウグスティヌス が初代カンタベリー大司教に就任し、カンタベリーはイングランドにおけるキリスト教の中心地としての地位を確立しました。その後、16世紀半ばに イングランド国教会 の総本山となり、二度の世界大戦を乗り越えて、現在までその姿を伝えています。

以下、カンタベリー大聖堂 公式YouTubeより、内部の雰囲気をご覧いただけます(英語)。

楽曲所見

これまでに何度も演奏および指揮をしてきた筆者自身の視点から、スコアに基づいて本作を解説していきます。
スコアをお持ちの方は、ぜひお手元にご用意のうえ、お読みください。

①Ben tenuto e espressivo(quasi legato sempre)

〜音を保ち、表現豊かに、常にレガートの発想で〜

冒頭は、変ホ長調の美しい主和音の響きから始まり、E♭ベースおよびB♭ベース(チューバ)によるオクターヴ・ユニゾンの上に、ユーフォニアムとバリトンが音階的な動きを重ねていきます。

さらに、テナーホーンによる主音のロングトーンが加わることで、サクソルン属金管楽器であるベース、ユーフォニアム、テナーホーンが重なり合い、アドルフ・サックス が理想とした、柔らかく統一感のある音色が3オクターヴにわたって調和します。

その下では、4人編成のソロ・コルネット・パートのうち2名で演奏する指定がなされ、旋律が奏でられます。
この8小節のフレーズは、トロンボーン・セクションやフリューゲルホーン、1stホーンを交えながら展開し、8小節目に向かって進行します。

そして、ソロホーンおよび1st・2ndトロンボーンが担う導音である実音Cによって冒頭へと回帰し、そこにソプラノ・コルネット(E♭管)が加わることで、2回目の冒頭では4オクターヴにわたる厚みのある響きが生み出されます。

②A

Aからは、それまで温存されていたバックロー・コルネット(リピアノ、2nd、3rdコルネット)および2ndホーンが加わり、カッコ書きによる p の指示とともに、冒頭よりも人数を絞った編成で進行します。
サクソルン属の響きの上でコルネット・アンサンブルが2小節歌い込んだのち、フリューゲルホーンとユーフォニアムも加わり、荘厳な短調の響きの中で第2フレーズへと進みます。

Aの5小節目からは、突如として小編成の室内楽のような響きとなり、ソロホーンによる旋律2本のユーフォニアムによる対旋律が推進力を生み出しながら、イ長調による冒頭主題への移行を促します。

Aの9小節目からは、冒頭のメロディをバリトンおよびユーフォニアムが受け持ち、徐々に加わる楽器を増やしながら、Bへと進んでいきます。

③B

これまでの流れと同様に、本作では編成を増減させながら、その都度使用楽器の組み合わせを変えることで、音量と音色に明確なコントラストが生み出されています。

このBにおいても、それまで13人編成で演奏されていたA後半とは対照的に、ソロ・コルネット1人、フリューゲルホーン、ソロホーン、1stバリトンによる、金管バンドとしては最小編成の四重奏が突然指定されます。
その独特な響きの直後、すぐに楽器が加わって編成が拡大し、音域も広がっていきます。

このように、まるで波が寄せては引くように、音楽は進行していきます。

Bの終わりでは、本作が始まって以来初めて打楽器が加わり、直管楽器であるコルネットとフリューゲルホーン、さらにトロンボーンに、ユーフォニアムとベース(チューバ)が重なります。
まるでパイプオルガンとオーケストラの金管セクションが協奏しているかのような、フォルテによる荘厳な響きが奏でられます。

③C

Cからは、ベースの伴奏の上で sonore(よく響かせて)の指示のもと、トロンボーンが主旋律を受け持ち、バリトンとユーフォニアムがその響きを支えます。
フォルテの指示はありますが、sonore が付されていることから、単に「強く、大きく」という意味にとどまらないことが読み取れます。

(個人的には、「広い」「深い」「濃い」といったニュアンスで捉える表現が好みです。)

その後、いったん音量は落ち着きますが、これまでと同様に徐々に楽器の数が増えながら音楽は再び高揚し、本作が始まって以来初めてとなるフォルティッシモが、突然のメゾフォルテ(subit. mf)からのクレッシェンドによって現れます。

この6小節間にわたるフォルティッシモでは、ソロ・コルネットとユーフォニアムに、いわゆる**High B(上線2本のド)が指定され、最低音にはB♭ベースによるLow G♭(下線2本のラ♭)**が置かれています。
極端に開いた音域配置によって、きわめて壮大な響きが生み出されることが、この箇所の大きな特徴です。

これまで冒頭やAのフレーズがいずれも4の倍数で構成されていたのに対し、Bは8小節+2小節、Cは12小節+6.5小節と、フレーズ構造に時間の伸縮が生まれており、音楽が停滞せず、前進しながら展開していく感覚が強く感じられます。

④D

テナー音域を担うユーフォニアム、アルト音域のテナーホーン、そしてアルトとソプラノ音域の接点に位置するフリューゲルホーンと3rdコルネット(および1stバリトンの補助)が、ここで明確な動きを見せます。

二分音符、四分音符、八分音符、そして十六分音符へと、次第に音価が細かくなっていくさまは、まるで大聖堂の大きな鐘がゆっくりと揺れ始め、やがて単音から複数の鐘による乱打へと移り変わっていく情景を描いているかのようです。

カンタベリー大聖堂の12個の鐘
(12個のうちの一つ実音ミbを出すテナーベルは最も重く、1230kgにもなるそうです。)

Dの8小節目の1拍目から2拍目にかけては、まだ poco rit. がかかった状態で進行し、鐘の乱打から受け継がれるように、パイプオルガンを思わせる荘厳な響きが、金管バンドの全楽器によって表現されます。

⑤E

冒頭の再現部として、**ソプラノ・コルネット(1人)、フリューゲルホーン、ソロホーン、ユーフォニアム(1人)**による四重奏が始まり、主旋律はソプラノ・コルネットからテナーホーン、ユーフォニアムへと、徐々に音域を下げながら受け渡されていきます。
それに伴い、音楽の熱も次第に引いていきます。

最後の3小節前には morendo(消え入るように)という指示が置かれ、音量とともに音の輪郭も次第にぼやけ、霧散していくような音楽が描かれます。
そして最終小節には、ミュート指定によるB♭ベースの**下線3本のミb**が記されており、遠くでかすかに鳴り続けるパイプオルガン、そして カンタベリー大聖堂 そのものが共鳴しているかのような残響が表現されています(私見)。

さいごに

今回の 『カンタベリー・コラール』特集はいかがでしたでしょうか。
チューバ奏者、そして指揮者という立場から金管バンド作品に向き合ってきた筆者の視点による本作の所感を、少しでも興味深く感じていただけましたら幸いです。

今回、チューバでの演奏や指揮を通して、これまで自分自身が感じてきたこと、考えてきたことを言語化することができ、とても嬉しく思います。
本記事を通して、『カンタベリー・コラール』 をお聴きになる際や、みなさんの演奏に向き合う時間が、これまで以上に興味深いものになれば、これほど嬉しいことはありません。

それではまた次回お会いしましょう。今回も誠にありがとうございました。


河野一之(Kazuyuki Kouno)

https://kazuyukikouno.wixsite.com/bassjunkie

洗足学園音楽大学、英国王立ウェールズ音楽歌劇大学院(PGDip)を修了。
Buffet Crampon Besson, B&S並びにMercer & Barker社アーティスト。
Nexus Brass Band、 Riverside British Brass、Immortal Brass Eternally 常任指揮者。 東京ブラスバンド祭マスバンド総括。河野企画代表。日本ブラスブラスバンド指導者協

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