【金管バンドナビ】#66 ヤン・ヴァン デル ロースト作曲『いにしえの時から』

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みなさん、こんにちは。金管バンドディレクターの河野一之(コウノ カズユキ)です。

前回の「カンタベリー・コラール」の回はお楽しみいただけたでしょうか。
執筆後に知り驚いたのですが、偶然にも2026年は、1956年生まれの作曲家ヤン・ヴァン・デル・ローストの生誕70周年の年です。さらに今年はフィリップ・スパークの生誕75周年にもあたり、素晴らしい作曲家たちの節目が重なる年となっています。

さて、そうした節目の年にあって、ロースト氏作曲の『From Ancient Time』は、もともと金管バンドのために書かれた作品です。調べてみると、日本の吹奏楽界でも非常に人気の高い作品であることがわかりました。

というわけで、『Music of the Spheres / Philip Sparke』、『Canterbury Chorale / Jan van der Roost』と続いて、本日は『From Ancient Times / Jan van der Roost』、日本では『いにしえの時から』として知られる作品を題材にしていきます。

作品情報

作曲年2009年
演奏時間約18分
グレード6 (例:アーセナルやカンタベリー・コラールは4)
編成金管バンド
他編曲版吹奏楽、ファンファーレ・オーケストラ
音源Youtube音源

本作は、2009年の欧州選手権において最上級クラスであるチャンピオンシップ・セクションの課題曲に選出されました。この年はCory Bandが優勝し、それをきっかけに本作は世界中で広く知られるようになります。その後、2016年の北米ブラスバンド選手権の課題曲にも選ばれ、作曲から17年が経った2026年現在までに、各種コンテストにおいて自由曲として45回選曲されている大変人気の高い作品です。

欧州選手権については、以下の記事をご参照ください。

日本の吹奏楽コンクールでも大変人気の高い作品で、吹奏楽版は中学生の部から一般の部まで、幅広い年齢層のバンドに支持されています。現在までに170回も演奏されている人気作品です。

いにしえの時から

ロースト氏は、自身の作品のテーマに考古学的な題材を用いることが多く、『いにしえの時から』以前にも『エクスカリバー』(1987)、『ストーンヘンジ』(1992)、『アルビオン』(2001)など、さまざまな歴史的遺物を題材とした作品を作曲しています。

この『いにしえの時から』も、特定の歴史的事象を題材にしているわけではありませんが、その着想はさまざまな歴史上の出来事に由来していることは間違いありません。

作曲者自身の解説によれば、本作は「フランドル楽派」を題材とし、さらに「グレゴリオ聖歌」「中世の古い舞曲」などがオマージュ的に用いられています。

フランドル楽派

フランドル楽派とは、15世紀後半から16世紀にかけてフランドル(現在のベルギー、オランダ、フランスにまたがる地域)を中心に活躍した、ルネサンス音楽を代表する作曲家たちの総称です。具体的には、以下のような作曲家の名前が挙げられます。

ジョスカン・デ・プレ

オルランド・ディ・ラッソ

フィリップ・デ・モンテ

ギヨーム・デュファイ

ハインリヒ・イザーク

ヤーコプ・オブレヒト

ヨハネス・オケゲム

アドリアン・ヴィラールト

彼らが用いた音楽技法としては、それぞれの声部が対等の価値を持ち、互いに旋律要素を模倣し合いながら展開していく「通模倣様式」という手法が挙げられます。

英国ルネサンス期を代表する作曲家トーマス・タリス(Thomas Tallis)の『Audivi vocem de caelo』も、参考になる作品です。余談ですが、この曲はオリヴァー・ヴァエスピ(Oliver Waespi)作曲の金管バンド作品『Audivi Media Nocte』の題材としても知られています。

この『いにしえの時から』でも、冒頭の打楽器による教会の鐘を思わせる響きの後、ベースによる低音のロングトーンの上でユーフォニアムが旋律を提示します。その旋律が各楽器へと模倣されながら広がっていく様子には、フランドル楽派の特徴が垣間見られます。

グレゴリオ聖歌

ロースト氏が着想を得た要素の一つとして挙げている「グレゴリオ聖歌」は、キリスト教が大きく東西に分かれた際の西方教会で用いられてきた聖歌で、伴奏を伴わない単旋律で歌われるローマ・カトリック教会の宗教音楽です。

動画にもある通り、基本的には音の高さを示す線と音符のみが記されており、リズムは記譜されていません。

中世の舞曲

中世の舞曲のヒントとして挙げられるのが、曲中に登場するタンバリンによる独特の三連符のリズムです。メロディなどと微妙にずれながら進行するこの動きは、中世舞曲「エスタンピー(Estampie)」が題材になっていると言われています。

総評

「いにしえの時から」には、前述のルネサンス期や中世の音楽を題材にしている箇所が見られますが、それだけではありません。ロースト氏独特の作曲技法により、「古い時代」と「現代」を交互に行き来するかのような曲調が展開していきます。

中間部では各ソリストによる超絶技巧が披露され、やがて打楽器の壮大なクレッシェンドとともに、まるで現代へタイムトリップするかのような連符の嵐が押し寄せます。その後、壮大なファンファーレが響き渡り、怒涛のtuttiによる超絶技巧の数々を経て、ハイトーン(Soprano Cornetはフェルマータ付きの最終音が実音High F)で作品は幕を閉じます。

とりわけ難易度の高い中間部では、フリューゲル・ホーンを筆頭に次々と受け渡されていくソロが大きな聴きどころとなっています。これらの技巧的なパッセージは、実質的に世界一を決めるコンテストとも言える欧州選手権チャンピオンシップ・セクションの2009年課題曲として、まさにふさわしい内容と言えるでしょう。

そのため、原曲である金管バンド版は日本国内では演奏機会の多くない難曲の一つとなっています。しかし、作品中に現れる美しい旋律や、ロースト氏の卓越した作曲技法を考えれば、難易度の高さ以上に、非常に美しく見事な構成を持つ作品と言わざるを得ません。

また、『いにしえの時から』の最難関部の一つであるソロ回しの中間部以降から、サクソフォンとサクソルンの生みの親であるアドルフ・サックスへのオマージュ部分のみを抜粋した『Homage to Adolphe Sax』という抜粋版も出版されています。本作の魅力が凝縮された編曲となっていますので、ぜひ演奏してみてください。

さいごに

今年70歳を迎えるロースト氏作曲『いにしえの時から』特集、いかがだったでしょうか。
この曲の背景や構成を頭の片隅に置いて演奏するだけでも、作品のスタイルをより豊かに表現できるはずです。ぜひ、それぞれの主題やテーマを存分に表現してみてください。

またこの機会に、ロースト氏のほかの作品にも耳を傾けてみるのも一興でしょう。

それではまた次回お会いしましょう。今回も誠にありがとうございました。


河野一之(Kazuyuki Kouno)

https://kazuyukikouno.wixsite.com/bassjunkie

洗足学園音楽大学、英国王立ウェールズ音楽歌劇大学院(PGDip)を修了。
Buffet Crampon Besson, B&S並びにMercer & Barker社アーティスト。
Nexus Brass Band、 Riverside British Brass、Immortal Brass Eternally 常任指揮者。 東京ブラスバンド祭マスバンド総括。河野企画代表。日本ブラスブラスバンド指導者協

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