みなさん、こんにちは。金管バンドディレクターの河野一之(コウノ カズユキ)です。
春が終わり、気候の変動や寒暖差に季節の変わり目を感じる今日この頃。世界の金管バンド界もまた、各地で熱気を帯びています。今回は、前回に引き続き「欧州選手権2025②」と題し、今年のチャンピオンシップ・セクションの課題曲と、各バンドが選んだ自由曲を特集します。
激アツの欧州戦線、今回もどうぞお楽しみに!
欧州選手権2025
1978年より開催されている『欧州選手権』は、欧州各国のトップクラスの金管バンドが一堂に会するコンテストです。初開催となった年には、イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの英国勢をはじめ、スウェーデン、アイルランド、デンマーク、ベルギー、スイス、ノルウェー、オランダの計8か国が参加しました。
2025年の今回は、イタリア、オーストリア、ドイツ、リトアニア、フランスなど、計12カ国が参加。年々その規模は拡大しており、欧州における金管バンドの発展と広がりを実感させられます。
そんな注目の欧州選手権で、今年参加した12カ国・15バンドすべてが演奏した課題曲をご紹介します。
課題曲2025

欧州選手権の課題曲は、主にその年の開催国出身の作曲家に委嘱されるのが通例です。過去には、金管楽器とはまったく縁のない、主にピアノ作品を手がけてきた作曲家が担当した年もありました(残念ながら、その作品が再演されているのは耳にしたことがありませんが)。
今年のチャンピオンシップ・セクションの課題曲を手がけたのは、ノルウェー第2の都市・ベルゲン出身の作曲家、フレドリック・シェルデロップ(Fredrick Schjelderup)です。1990年生まれの新進気鋭の作曲家で、グリーグ音楽院を卒業。18歳から作曲活動を始め、現在では欧州各地のバンドのために多くの作品を提供しています。
金管バンドとの関わりとして特筆すべきは、彼の音楽的ルーツである打楽器奏者としての活動です。ノルウェーのトップバンドのひとつ、アイカンガー・ビョールスヴィック・ムジックラーグ(Eikanger-Bjørsvik Musikklag)において、10年間にわたり演奏に携わってきた経験が、彼の創作の核となっています。
作曲家についてさらに詳しい情報は、こちらからご覧ください。(外部サイト、英語)
課題曲『エネルギー変換』(Transitions in Energy)

今年の欧州選手権が開催されたのは、石油の採掘地として知られるノルウェーの都市・スタヴァンガー(Stavanger)。その開催地にちなんで、今年の課題曲には『エネルギー変換』という題名が付けられました。
作曲者のシェルデロップは、ノルウェーの主要産業である石油が、環境や国の経済にこれまでどのような影響を与えてきたのか、そしてそれが将来、次の世代にどのように影響を及ぼしていくのか——そうした社会的な議題を題材に、この曲を作曲しました。
この曲は、「過去」、「現在」、「未来」というタイトルが付けられた3つの楽章から構成されています。
この曲の核心には、『アレキサンダー・L・キーランド』と呼ばれる半潜水型掘削ドリルがあります。1980年3月、北海で転覆し、123名もの犠牲者を出したこの事故は、第二次世界大戦終結後のノルウェー史上、最も被害が大きい災害となりました。1986年には、犠牲者を追悼するため、スタヴァンガーに『壊れた鎖』と名付けられた記念碑が建立されました。
第1楽章『過去』では、宇宙創生のビッグバンによって“無”であった場所に宇宙と地球が誕生し、そこから穢れのない美しい世界が生み出される様子が描かれています。
第2楽章『現在』では、人間の欲求とそれに伴うさまざまな相互作用を主題に据えています。先述の海底まで掘り進める巨大なドリルや、無限にも思える新テクノロジーの発展、そしてそれらがもたらす人類の繁栄が描かれています。
第3楽章『未来』では、エネルギーやテクノロジーの創意工夫や再利用を通じて、より良い未来の可能性を描いています。
この曲は課題曲として、欧州選手権2025チャンピオンシップ・セクションに出場した15団体すべてのバンドによって演奏されました。

自由曲

欧州選手権では、先述の課題曲のほかに、各バンドが持つ個性や実力を示すための自由曲も演奏します。選曲にあたって特に尺の制限は明記されていませんが、多くのバンドが約15分程度の曲を選び、自分たちのベストパフォーマンスを披露できる作品を選んでいます。
中には、欧州選手権のために新作を委嘱するバンドもあれば、過去のさまざまなコンテストで使用された曲、いわゆるテスト・ピースを演奏するバンドもあります。
また、この自由曲の情報や各バンドの演奏順は、審査の公平性を期すため、演奏直前まで公表されません。そのため、どのバンドがどの曲を演奏するかは伏せられ、曲名のみが事前に公表されていました。
全部で14曲(うち1曲は重複)があり、その中には世界初演作品や、欧州選手権で過去に演奏されたことのない作品など、今年も名作が目白押しでした。
2025年バンド・ラインナップ
バンド名 | 国名 | 曲名 | 作曲者名 | 作曲年 | 備考 |
ブラスバンド・オーバーエースタライヒ (Brass Band Oberösterreich) | オーストリア 🇦🇹 | Remembrance | Thomas Doss | 2025 | 世界初演 |
ブラスバンド・レーゲンスブルク (Brass Band Regensburg) | ドイツ 🇩🇪 | The Legend of King Arthur | Peter Meechan | 2010 | 欧州選手権チャンピオンシップ・セクション初使用(以降、欧州初) |
ブラスバンド・トレーズ・エトワーズ (Brass Band Treize Etoiles) | スイス 🇨🇭 | A Gabrieli Fantasy | Bert Appermont | 2021 | 欧州選手権で過去3回選曲 |
ブラス・リトアニア (Brass LT) | リトアニア 🇱🇹 | Metropolis 1927 | Peter Graham | 2014 | 欧州選手権で過去3回選曲 |
ブラスバンド・ラインモント (Brassband Rijnmond) | オランダ 🇳🇱 | The Lost Circle | Jan Van der Roost | 2024 | 欧州初 |
ブラスバンド・ウィレブローク (Brassband Willebroek) | ベルギー 🇧🇪 | The Forest for the Trees | Wim Bex | 2024 | 欧州初 |
コーリーバンド (Cory Band) | ウェールズ 🏴 | Two Worlds | Philip Harper | 2021 | 欧州初 |
アイカンガー・ビョールスヴィック・ムジックラーグ (Eikanger-Bjørsvik Musikklag) | ノルウェー 🇳🇴 | *****, Concerto No 10 for Brass Band | Ludovic Neurohr | 2014 | 欧州初 |
フォーデンス・バンド (Foden’s Band) | イングランド 🏴 | Jesus in Tibet | Simon Dobson | 2023 | 欧州選手権で過去1回選曲 |
ヤータ・ブラスバンド (Göta Brass Band) | スウェーデン 🇸🇪 | Myth Forest (Hestefallstjønn) | Stig Nordhagen | 2013 | 欧州選手権2013課題曲 |
オー・ドゥ・フランス・ブラスバンド (Hauts-de-France Brass Band) | フランス 🇫🇷 | Sinfonietta no. 4: Adhyatmika Svatantrata | Pierre-Antonie Savoyat | 2024 | 欧州初 |
イタリアン・ブラスバンド (Italian Brass Band) | イタリア 🇮🇹 | Fratanity | Thierry Deleruyelle | 2015 | 欧州選手権2016課題曲 |
リュンビ・ターベーク・ブラス・バンド (Lyngby-Taarbæk Brass Band) | デンマーク 🇩🇰 | Angels and Demon | Peter Graham | 2014 | 欧州初 |
ザ・クーオペレーション・バンド (The cooperation band) | スコットランド 🏴 | Jesus in Tibet | Simon Dobson | 2023 | 欧州選手権で過去1回選曲 |
ヴァレイシア・ブラスバンド (Valaisia Brass Band) | スイス 🇨🇭 | This World | Thomas Doss | 2024 | 欧州初 |
ブラスバンド・オーバーエースタライヒ
注目は、やはりブラスバンド・オーバーエースタライヒによる世界初演作品『Remembrance / Thomas Doss』です。審査員にとっても過去に例のない作品であるため、評価が難しい部分もありますが、オーストリアの強豪バンドがこの世界初演にどのように挑むのか、大きな注目が集まっています。
筆者の体験談になりますが、筆者がコーリー・バンドとともに出場した欧州選手権2013では、フィリップ・スパークに委嘱した世界初演作品『ペリヘリオン − 太陽との近日点 − ブラスバンドのための協奏曲』を自由曲として演奏し、優勝を果たしました。
このときも、コンテスト前までは我々がどの曲を演奏するのか、SNSや他バンド関係者には厳重に秘密とされ、公平性を保つための努力がなされていたのをよく覚えています。また、参考音源などももちろん存在せず、すべてを一から、指揮者のフィリップ・ハーパーとバンドで創り上げていきました。
時には作曲者のフィリップ・スパークご本人がリハーサルに訪れ、さまざまな意見交換を重ねながら、曲を完成させていったことも鮮明に記憶しています。
ブラスバンド・ウィレブローク
また、要注目のひとつはブラスバンド・ウィレブロークが選曲した『The Forest for the Trees / Wim Bex』です。この作品は、なんと作曲者のウィム・ベックス自身がウィレブロークの現役ベーストロンボーン奏者でもあるという、非常にユニークな背景を持つ楽曲です。
この曲は、前年に開催された全ベルギー大会でも演奏され、ウィレブロークは見事優勝。今回、満を持して欧州選手権に臨みました。
ブラスバンド・レーゲンスブルク
また、ドイツのブラスバンド・レーゲンスブルクは、2010年に作曲され、4年後の2014年に全英選手権の決勝で課題曲として使用されたピーター・ミーチャン作曲『The Legend of King Arthur』を自由曲に選びました。
2025年という現在から見れば、10年前の作品で欧州選手権に挑むことになりますが、その選択がどのような結果をもたらすのか、注目が集まります。
英国勢
イギリス勢では、ウェールズ代表のコーリー・バンドが、指揮者フィリップ・ハーパー自身が2021年に作曲した『Two Worlds』を自由曲に選びました。
また、スコットランドからはクー・オペレーション・バンド、イングランドからはフォーデンス・バンドが出場し、いずれもサイモン・ドブソン作曲の『Jesu in Tibet』を選曲しています。
このサイモン・ドブソンは、2016年の全英選手権決勝で課題曲に採用された『Journey of the Lone Wolf』の作曲者としても広く知られています。
上記の表をご覧いただければ分かる通り、約半数にあたる6バンドが英国人作曲家の作品を、そして残る8バンドが他の欧州各国出身の作曲家による作品を選曲しています。
作曲コンクールが各地で活発に開催されていることもあり、金管バンド発祥の地である英国のみならず、欧州全体で金管バンド作品の創作活動が非常に盛んであることがうかがえます。
最後に
いよいよ、欧州各地の強豪たちが鎬を削る欧州選手権2025が開幕!
今年、栄光のタイトルを手にするのは果たしてどのバンドなのでしょうか?世界トップクラスの演奏は、配信サービス『WoB Play』でご覧いただけます!
次回は注目の結果発表です、ぜひお楽しみに!
今回もありがとうございます。またお会いしましょう!
河野一之(Kazuyuki Kouno)
https://kazuyukikouno.wixsite.com/bassjunkie
洗足学園音楽大学、英国王立ウェールズ音楽歌劇大学院(PGDip)を修了。
Buffet Crampon Besson並びにMercer & Barker社アーティスト。
Nexus Brass Band、 Riverside British Brass、Immortal Brass Eternally 常任指揮者。 東京ブラスバンド祭マスバンド総括。河野企画代表。日本ブラスブラスバンド指導者協会理事。