みなさん、こんにちは。金管バンドディレクターの河野一之(コウノ カズユキ)です。
今週はこれまでにご紹介した作曲家とは打って変わり、ピアニスト、そしてオルガニストでもあるフィリップ・ウィルビーのご紹介です。
1991年パガニーニ変奏曲(Paganini Variation)と共に金管バンド業界において一世を風靡し、その後数々の素晴らしい作品を残しているウィルビー氏を今週はご紹介いたします。
プロフィール
1949年イングランドのヨークシャー西部に生まれたウィルビー氏の音楽との出会いは、教会での合唱とヴァイオリンの演奏でした。その後ヴァイオリンの名教師であったイータ・コーエン(Eta Cohen)の指導のもと全英ユースオーケストラでヴァイリンの腕を磨きしました。そしてイングランド・オックスフォードにある名門の一つケブル大学(Keble College)にて専門的な音楽を学び、現在ではリーズ大学(University of Leeds)にて作曲法、指導法、またスコア・リーディングなどの教鞭をとっています。
作曲家としてピアノ、オルガン、声楽、室内楽、そして吹奏楽など様々なジャンルのために作品を残しているウィルビー氏ですが、とりわけ金管バンドのための作品は有名で、これら数々の作品の根底にはウィルビー氏のキリスト教への信仰心が伴っており、代表的な作品には『御霊の来降』(Dove Descending)、『啓示』(Revelation)、そして『ニュー・エルサレム』(New Jerusalem)などがあります。
また氏の作品の多くはその芸術性の高さ、さらに技巧的な難しさから数多くのコンテストで課題曲に選ばれており、その人気の高さが伺えます。
作品
パガニーニ変奏曲(Paganini Variations 1991)
1991年に作曲されたこの金管バンドのための変奏曲は、英国々営放送であるBBCが贈るその年の最も素晴らしいバンドを決める『The Band of The Year』に輝いたグライムソープ・コリアリーバンドのために委嘱された作品です。またこの曲は同年のブリティッシュ・オープンの課題曲にも設定され、さらにその後もチャンピオン・セクションの課題曲となることも多く、いまだに世界中で愛されている作品です。
作曲者によると、作曲の意図として偉大なるヴァイオリン奏者、作曲者であった『ニコロ・パガニーニ』が残した旋律を現代風に用いて、当時の野生的でロマンティックな精神を表現することでした。また、この表現のためにパガニーニの奇想曲24番から有名な旋律を用い、さらに現代の金管バンドの演奏技術の可能性を最大限に活用するためパガニーニの14の変奏曲が使用されました。
2024年現在でも世界中のコンテストで課題曲、自由曲両方で使用されている難曲ですが、コンテストの場にとどまらない名作として、日本でも大変人気の高い作品です。
ニュー・エルサレム(The New Jerusalem 1990)
もともとは奏者の多い大編成である全英ユースバンドのために委嘱された曲でしたが、その初演から2年後の1992年、通常編成の金管バンド用に再編成されこの年の全英大会の課題曲に設定されました。
ウィルビー氏は当時起きた東ヨーロッパ諸国の崩壊による政治経済の混乱と楽観主義などがキリスト教の『ヨハネの黙示録』より強く反映されていると考え、この曲のタイトルを黙示録の21:1-2 から引用しました。その章が以下の内容です。
『そして私は新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は過ぎ去ったからである。そして海はもうありませんでした。そして私ヨハネは、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように準備されて、神のもとから天から降りてくるのを見ました。』
ウィルビーは氏はこの章からこのニュー・エルサレムを「抑圧に対する人間の精神の確かな勝利、悲しみと痛みから引き出された自由と復活の感覚」を表していると表現しました。曲中に出てくるステージ外でのソロコルネットのファンファーレはこれらの感情を伝えるように設計されています。
この曲は先述の1992年開催全英大会課題曲に設定されましたが、この大会のたった5日前に最大のスポンサーであった炭鉱が閉鎖され苦境の中出場したグライムソープ・コリアリーバンドが優勝を手にしまし、後年この一連の内容を題材に作られた映画が『Brassed Off』(ブラス!)です。
赤き司祭(Red Priest 2010)
バロック時代の大作曲家『アントニオ・ヴィヴァルディ』(Antonio Vivaldi)の燃えるような赤い髪にちなんで名付けられたこの曲は、2010年欧州選手権に出場するのため、イングランドの強豪バンドの一つブラック・ダイクバンドの委嘱によって作曲されました。
この『赤き司祭』ではヴィヴァルディの 『グロッソ協奏曲』(Concerto Grosso)からインスピレーションを受け作成された曲中のソリストらの演奏や、かの有名な『四季』(Four Seasons)、『グロリア』(Gloria)などからも影響を受けています。
この曲も他の作品同様に2024年現在でもさまざまなコンテストの課題曲、自由曲両方で使われており、芸術性、技巧性の高さが伺えます。
終わりに
前回のエドワード・グレグソン同様金管バンドのみならず様々なジャンルで作品を残し、また自身も鍵盤楽器奏者ということで、これらのエッセンスによって作曲された作品たちは金管バンド業界を一段も二段も大きく発展させました。
金管バンドの作品以外にも『ユーフォニアム協奏曲』やEbベースのための『シラノ』(Cyrano)など素晴らしいソロのための作品なども世界中で人気ですのでぜひ聴いてみてください。
それでは今回もありがとうございました。またお会いしましょう。
河野一之(Kazuyuki Kouno)
https://kazuyukikouno.wixsite.com/bassjunkie
洗足学園音楽大学、英国王立ウェールズ音楽歌劇大学院(PGDip)を修了。
Buffet Crampon Besson並びにMercer & Barker社アーティスト。Sony Music Stand Up Orchestra チューバ奏者。Nexus Brass Band、 Riverside British Brass、Immortal Brass Eternally 常任指揮者。 東京ブラスバンド祭マスバンド総括。河野企画代表。日本ブラスバンド指導者協会理事。