【吹奏楽ナビ】名曲・名演紹介#10

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皆さま、こんにちは。

今年初の猛暑日が記録されて猛烈な暑さが続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。

前回の記事はこちらになります。
名演紹介 #9 課題曲Ⅰ、中国の不思議な役人/天理高

今回は2003年の全国大会の演奏をご紹介しますが、この年の全国大会の思い出について少しお話ししておきましょう。

私が全国大会に出場することができた2002年は後半の部の数団体しか客席で聴くことができず、2003年は支部大会で終わってしまったことで全国大会を観客として全部門を聴きたいと思い、友人と二人で聴きに行くことにしました。この年の会場は中学校と高校の部が普門館、大学と職場・一般の部が宇都宮市文化会館だったのですが、この年の日程は大学、職場・一般の部が先になっていたので、私が初めて観客として聴いた大会は宇都宮での大学の部になります。

この年のプログラム1番は東関東支部代表の名門大学で曲目を知ってとても楽しみにしていましたが、初めて聴いた生演奏は想像を遥かに超えて上手で衝撃的でした。その学校というのが、今回ご紹介する神奈川大学です。

名演紹介 #10 課題曲Ⅰ、かわいい女/神奈川大(03年)

課題曲Ⅰ:ウィナーズ ~吹奏楽のための行進曲
作曲:諏訪 雅彦

かわいい女 ~A.チェーホフの同名小説による~
作曲:田村 文生


全日本吹奏楽コンクール
2003年(第51回大会) 金賞
演奏:神奈川大学吹奏楽部
指揮:小澤 俊朗

「かわいい女」の作曲者である田村文生さんの名前を有名にしたのは、1994年の課題曲Ⅲ「饗応夫人」でしょう。この曲は歴代の課題曲の中でも演奏時間が一番長い曲で各団体が自由曲の選曲に悩まされた中、「饗応夫人」は課題曲としては今までにない曲調で超難曲だったにもかかわらず中学校から一般までたくさんの団体によって全国大会で演奏されました。

田村さんの吹奏楽曲には「女性シリーズ」などと呼ばれるものがあり、曲名をあげていくと「饗応夫人」から始まって、「かわいい女」、「アルプスの少女」、「シャルロット-グロテスクなもの」、「Snow White」、「残酷メアリー」というように続いていくのですが、題名から想像できないぐらい歯ごたえがある現代曲になっていますので、興味をもたれた方は音源を探して聴いてみてほしいと思います。

演奏について

課題曲Ⅰ:ウィナーズ ~吹奏楽のための行進曲

課題曲冒頭のトランペットソロは、作曲者である諏訪雅彦さんの作曲当時のイメージになる「忘れられている競技場、朝もやが引いてゆく青いトーンのロングカット」という情景が浮かぶようなスコアになっています。この年に聴いた様々な団体の演奏では音が大きすぎて存在感がありすぎたり、音色が開き気味になってしまったり、逆にもやもやになりすぎたりと私が思う理想的なトランペットソロにほとんど出会えなかったのですが、神奈川大学のトランペットソロは堂々としていながら音色がこの情景にぴったりでなおかつはっきりと聴こえるという正に理想的な演奏で、とても感動したのを覚えています。トランペットソロからつながっていくホルン、トロンボーン、オーボエ、木管低音、フルートの動きが全て聴こえてくるバランスがとても素晴らしいです。

0:22から始まるクラリネットセクションのサウンドがとても美しく、そこにオーボエが加わって光が射します。D-durに転調した0:52からはこの調にふさわしい音色で場面が変わり、フルートのメロディが浮き上がってくるバランスのとり方はお見事というしかありません。ミュート付きトランペットセクションの一体感からは費やした練習量の多さを感じさせます。

1:32からだんだんマルカートになっていく盛り上がりを先導するクラリネットセクションの発音がひっくり返ってしまうのが惜しいですが、これは会場の響きがもやもやなのをカバーするために攻めた結果だと思います。次々と転調していくことの難しさを全く感じさせず、それぞれの動きがしっかりと聴こえていて曲への理解度の高さを感じさせます。

2:04からは各セクションの見せ場が続いていきますが、どのセクションもクオリティが高くて技量の高さが伺えます。途中に入る2:11のティンパニの音色感と音量のバランスがとても難しいのですが、神奈川大学の演奏は理想的なタイミングに絶妙に決まっています。

2:28~2:43の部分がこの演奏の一番の聴きどころで、スコアではすべての楽器の動きが複雑に入り組んでいる超難所のため勢いで押し切る演奏がほとんどの中、神奈川大学の演奏は全ての動きがしっかり嚙み合っていて全ての音が聴き取れるという恐ろしく良すぎるバランスになっています。生演奏でこのように聴こえたのは神奈川大学だけで、この曲が好きでスコアを見ながら聴きこんでいた者としてはあまりの凄さに驚嘆してしまいました。

2:51からはフレーズの長さと歌いこみが特徴的で、3:25からのトロンボーンとトランペットの動きの絡みも完璧です。高らかに歌う木管楽器に金管楽器を中心とした動きがしっかりと絡んでいき、オーボエソロとトランペットソロが名残惜しく響きます。ティンパニソロがきっかけで始まる最後の複雑な動きの一糸乱れぬアンサンブルから、ラストの低音のBの音が重厚に決まって曲は終わります。

かわいい女 ~A.チェーホフの同名小説による~

冒頭の打楽器の強烈なパッセージの後すぐにコントラバスの音域がかなり広いソリに耳を奪われます。0:34からのクラリネットセクションのソリはオールユニゾンで最低音まで使われていてかなりの難所ですが、音圧のある豊かな音色での攻めの表現がとても素晴らしいです。1:07からは変拍子で難解なはずですが、スムーズ過ぎる流れで何の問題もなく曲が進んでいくのが恐ろしいです。

2:09の低音から始まるオーボエソロ音域があまりに広くて音の跳躍が激しく演奏不可能レベルのはずですが、難しさを感じさせずソロとして音楽を表現できるレベルまで到達していて相当な技量の高さが伺えます。4:29のスラップタンギングが入るバリトンサクソフォーンソロや、4:50のエスクラソロなど他にも名手がたくさんいます。合間に出てくるコラールのハーモニーがとても美しいことで前後の部分の恐怖さがより際立っています。

5:05からは木管楽器の歌いこみと金管楽器の打ち込みが見事に絡み合っていて、5:50のバスクラとアルトフルートのソロの低音の音色がとても美しいです。テンポが速くなった6:13からクラリネットセクションの連符が鮮やかに決まり木管楽器に連符が繋がって曲が盛り上がっていき、変拍子を含む複雑な動きの一糸乱れぬアンサンブルに呆気に取られているうちに唐突に曲は終わります。

あとがき

いかがでしたでしょうか?とても精密に作り込まれていながら攻めの音楽表現が印象的な、神奈川大学の名演をご紹介しました。

いよいよ夏の吹奏楽コンクールシーズンが始まりますので、次回からは特別編として全国大会でたくさん演奏されている曲の名演をご紹介していこうと思います。初回は「ダフニスとクロエ」です!

最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。

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塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。