皆さま、こんにちは。
夏が近づいてきて蒸し蒸しした気温の高い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。
前回の記事はこちらになります。
・名演紹介 #6 課題曲Ⅲ、風伯(ふうはく)の乱舞/幕張総合高
今回は、前回に引き続き2012年の東関東支部大会から、市立習志野高校の課題曲Ⅰ「さくらのうた」の演奏です。この年の市立習志野高校は支部代表に選ばれているのですが、全国大会の演奏も聴いた上で東関東支部大会の演奏をご紹介したいと思いました。
なぜ全国大会の演奏ではなく東関東支部大会の演奏なのかというと、全国大会会場の名古屋国際会議場だと座席数がかなり多くホールの響きがデッド寄りなのに対して東関東支部大会会場の千葉県文化会館のほうが座席数がそこまで多くなくホールがよく響くため、「さくらのうた」の曲とホールの響きと市立習志野高校のサウンドがベストマッチだと思うからというのが一番の理由です。千葉県文化会館は千葉県大会の会場でもあるので千葉県の学校にとっては慣れているホールということもあると思いますし、この年の東関東支部大会が大激戦だったのでいつも以上に気持ちが入っていたのかもしれません。心情的な背景は私の想像も含みますが、そういった要因が積み重なった結果、総合的にこの東関東支部大会の演奏が強く印象に残っています。
市立習志野高校といえば、全国大会に初出場した1981年から2022年までの41年間で35回の全国大会出場という輝かしい実績を誇る吹奏楽強豪校で、五金(全国大会5年連続金賞)、三金、三出での休みの年以外は1981年から連続して全国大会に出場し続けているという驚異的な成績を残しています。
1981年から2022年までに指揮者の先生が3人変わっているのですが、受け継がれているサウンドは一貫してずっと変わらないという一面や、先生が変わった年でも全国大会に出場できる指導ノウハウの豊富さなど、強豪校としての歴史の長さを感じることができます。
名演紹介 #7 課題曲Ⅰ:さくらのうた/習志野高(12年)
課題曲Ⅰ:さくらのうた
作曲:福田 洋介
東関東吹奏楽コンクール
2012年(第18回) 金賞・代表
演奏:習志野市立習志野高等学校吹奏楽部
指揮:石津谷 治法
福田洋介さんの名前を有名にしたのは、朝日作曲賞を受賞した2004年の課題曲Ⅰ、吹奏楽のための「風之舞」でしょう。この曲は吹奏楽コンクールでたくさんの団体に演奏され、今でも演奏会のプログラムに入るほどの人気曲となっています。
福田さんのnoteでの「さくらのうた」に関する記事によると、この「風之舞」以降もたびたび課題曲の公募には挑戦していたが一次審査での落選が続いたとのことで、様々なことを経験されて「うた」に対して真摯に向き合うオーケストレーションという考え方が前に立ち、「さくらのうた」を作曲されたとのことです。「さくらのうた」は福田さんにとっては2度目の朝日作曲賞受賞という結果で、2012年の課題曲Ⅰとなりました。
吹奏楽のための「風之舞」と「さくらのうた」のスコアを見比べてみると、音の風景が大きく変わっていることに気づきます。「風之舞」では複数の楽器が同じことを演奏する部分が多いのに対して、「さくらのうた」はその部分がかなり限定されており、更に楽器の重ね方のバリエーションが様々で各楽器の音色の混ざり方による音色や場面の変化をより一層楽しむことができます。
「さくらのうた」は技術的には易しいほうに入ると思いますが、ゆっくりなテンポでの8分の6拍子というのは音楽的なセンスの良さが必要になるので上手に聴かせるのはかなり難しく、個々の楽器と全体の音色感によっても演奏が多種多様になる可能性を秘めているので、課題曲としては最も最適な曲だと思います。この年の全国大会の中学校の部では3団体がこの曲を選曲していましたが、高校の部では市立習志野高校の1団体のみとなっており、課題曲として最適な曲がなかなか選曲されないという難しさがよく分かります。
演奏について
冒頭のピッコロの切ないメロディを包み込む木管楽器の響きからホルンのEs音のロングトーン、トランペットの優しいメロディを包み込む金管楽器の響きがとても美しく、さくらの景色が思い浮かびます。
グロッケンの8分音符に導かれて始まるクラリネットのメロディは柔らかい響きが絶品で、この響きにサクソフォーンの音色がブレンドされていきます。メロディに寄り添うフルートやトランペットの音色感がとても美しく、低音の暖かい響きが全体を優しく包み込んでくれます。フルート・ピッコロ・オーボエがメロディに加わって低音が8分の6拍子のリズムを刻み始めてからはアゴーギグを伴った歌を柔らかいサウンドで表情豊かに聴かせてくれます。
再び冒頭と同じメロディでの見事な受け渡しを聴かせた後、フルートのソロの切なくも美しいメロディに心を打たれます。トランペットのソロはプラルトリラーがあってかなり外しやすい音列だと思われますが、美しい音色で軽やかに吹きこなしているのは素晴らしいの一言です。木管楽器にメロディが受け継がれた後のトゥッティでの部分は切ない感情が爆発して泣きそうになります。
クラリネットから始まるメロディの鮮やかな受け渡しの後に転調してD-durになり、少し光が射したようなほのかな明るさを感じますが、フラット系の調の楽器が多い吹奏楽ではとりにくいとされるシャープ系の調とは思えないほど滑らかで美しいです。ここからB-durに転調した後はトランペットセクションの音色の美しさが耳に残り、クレシェンドを経てのトゥッティのエネルギーを全て受け取った低音楽器群のDの音が最高に美しく決まります。
聴いていてほっとできるぐらい安心感を与えてくれる素晴らしいホルンのソロに絡んでいくフルートとクラリネットの音色感がとても美しく、トロンボーンの3番パート(スコアでは1番パートに書いてあるが、音域の低さを考えると3番パートが最適だと思われる)による堂々とした素晴らしいソロを消さない木管楽器のバランスの良さも見事で、最後に残るトランペット1番の音色がまた美しいです。
この曲の一番の盛り上がりと見せ場になる3:35からは、Con motoの指示通りの前向きなテンポ設定を伴って美しい習志野サウンドがホール中に響き渡ります。全ての声部が聴こえるバランスのとり方も見事で、一番の盛り上がりになる4:04のシンバルをフォルテにしないところがお洒落だと思います。
最後に冒頭のメロディがクラリネットからトランペットに受け継がれて名残惜しく演奏され、ディミヌエンドを経てCの和音が美しく響いて曲が終わります。
あとがき
いかがでしたでしょう?課題曲としての枠を超えて今でもたくさんの人達に愛されている名曲の、吹奏楽コンクールでの名演をご紹介しました。
「さくらのうた」は吹奏楽の編成だけでなく、アンサンブルやデュオ、更にはソロでも演奏できる楽譜が福田さんによって編曲されておりますので、これからもいろいろな編成で演奏されていくのだろうと思います。
次回は、2014年の全国大会での、九州支部代表の柔らかく溶け合うサウンドが有名な学校の名演をご紹介します。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。
塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。
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