みなさん、こんにちは。金管バンドディレクターの河野一之(コウノ カズユキ)です。
前回『Music of the Spheres』前編はお楽しみいただけましたでしょうか。
この後編では、作品中に設定されている各副題についてご紹介していきます。また、フィリップ・スパーク氏ご本人に本作についてインタビューもさせていただきましたのでお楽しみください。
楽曲の内容は、実際の楽譜をご覧いただきながら読み進めていただくことで、より深くお楽しみいただけると思います。楽譜をお持ちの方は、ぜひお手元にご準備ください。
INDEX
【ブリティッシュ・オープン課題曲】
偶然にも本作を2026年最初の金管バンドナビの題材に選び、フィリップ・スパーク氏にインタビューを行い前編を公開した直後、この作品が2026年9月開催の第172回ブリティッシュ・オープンの課題曲に選出されることが、業界最大手のウェブサイトである4barsrestより公表されました。
(下のロゴをクリックすると、該当記事をご覧いただけます〈英語〉)
ここ10年のブリティッシュ・オープン課題曲を振り返ってみても、2000年代一桁に作曲された作品が課題曲に採用されることはありませんでした。そのような中、2026年に75歳を迎えるフィリップ・スパークの作品が、初めてブリティッシュ・オープンの課題曲として選出されました。
『Music of the Spheres』は2004年に作曲され、当時ヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンドによって初演されました。現在も高く評価されている優れたレコーディングが残されていますが、2026年という現代において、ブリティッシュ・オープン最上級セクションに出場する限られたバンドたちが、この作品をどのように再解釈し表現するのか、非常に興味深いところです。
① 無の世界 ― t = 0

この作品は、宇宙誕生以前から始まります。
科学者たちの仮説である「ビッグバン理論」によれば、ビッグバンと呼ばれる宇宙創成の大爆発が、約130億年以上前に起きたとされています。この大爆発によって、「時間」と「空間」が誕生しました。
副題〈t = 0(ティー=ゼロ)〉と名付けられたこの曲の冒頭は、打楽器が生み出す振動やうねり、光の断片が瞬くような、静寂に限りなく近い響きの中で、テナーホーンのソロから始まります。それはまるで「t = 0」、すなわち Time = 0――「時も何も存在しない状態」を表す“無”を描写しているかのようです。
約10小節にわたるテナーホーンのソロが徐々に音量を増し、音域も上昇して佳境に入ると、コルネットとトロンボーンがミュートを付けたpp(弱音)で加わります。まるで大爆発直前の超高温・超高密度の一点が集約されていくかのように、音楽は次第にエネルギーを増幅させていきます。
② ビッグバン ― The Big Bang

Solo Hornならびに1st Baritone以外の打楽器含め全ての楽器によるアクセント付きのフォルテッシッシモ(fff)による八分音符によって冒頭の「t=0」からの集約したエネルギーによる大爆発「ビッグバン」が発生します。その大爆発による宇宙の膨張速度はなんとシャンパンの泡一つが光速よりも早く一瞬で太陽系になるほどの速さだったそうです。
この大爆発によって、「時間・空間・エネルギー、そして物質が誕生した」といわれています。楽曲においても、fffによる爆音から集約された「点」が一瞬で膨張し、「無」から時間や空間、エネルギーなど、現在の宇宙を構成する要素が生まれていく過程が描かれています。
その様子は、嵐のようにうねる連符や変拍子、コルネットによるフラッター奏法、浮遊感を伴う6/8拍子の場面などによって表現され、さまざまな原子やエネルギーが飛び交う、混沌とした世界観を鮮明に描き出しています。
この曲は、フリューゲル・ホーン奏者が2名指定されている点も特徴的です(その代わり、リピアノ・コルネットのパートは設けられていません)。42小節目に現れるモチーフは、この2本のフリューゲル・ホーンによる二重奏から始まります。
その後、52小節目からユーフォニアムのデュエットによる美しい旋律が現れ、まるで混沌とした初期宇宙に浮かぶ、幻想的な天の川のように流れていきます。続いて、静寂と、原子同士の衝突による新たな爆発を思わせる場面が交互に現れ、ビッグバン冒頭を想起させる6/8拍子による、磁場の嵐のような描写によって、次の場面へと移行します。
③ 孤独の惑星 ― The Lonely Planet

ビッグバンの後、時間の経過とともに宇宙空間の温度は急速に低下していきました。ビッグバン直後には、10の27乗ケルビン(約1.13×10²⁶K)という超高温状態にあった宇宙も、その後およそ38万年が経過すると、約2700ケルビンまで冷えていったとされています。こうした長い時間の流れの中で、徐々に現在の銀河や太陽系が形成されていきました。
この場面では、副題「孤独の惑星(The Lonely Planet)」が示すとおり、唯一生命を育んだ惑星――「地球」の創造、そして作曲者曰く、宇宙のどこかに存在するかもしれない他の文明への終わりなき探究心が描かれています。
地球を含む太陽系に存在するそれぞれの惑星が発するとされる固有の音(ピタゴラスによれば、人間には認識できないとされる)を旋律にのせ、バリトン・ホーン、そしてユーフォニアムの各ソロが独奏を始めます。それらは次第に協奏へと発展していき、この楽曲の中でも非常に印象的な場面を形成しています。
筆者個人のお気に入りの場面は、小節番号200から始まる大合唱です。コルネット、フリューゲル・ホーン、そしてテナーホーンによって奏でられる旋律は、まさに圧巻といえるでしょう。
④ 小惑星と流れ星 ― Asteroids & Shooting Stars

さまざまな原子同士が衝突して分子となり、やがて太陽系をはじめとする惑星や銀河が誕生しました。しかし現在に至るまで、宇宙空間では小惑星や多様な物質が、流れ星のように飛び交い、ときに衝突しながら、さまざまな軌道を描いて猛スピードで運動し続けています。
さまざまな原子が衝突し分子となり、やがて太陽系や惑星、銀河が誕生した。そして現在もなお、宇宙空間では小惑星や多様な物質が、流れ星のように高速で飛び交い、ときに衝突しながら複雑な軌道を描いています。
それはまるで映画『アルマゲドン』を思わせる世界であり、惑星そのものを破壊しかねない危険な飛来物から、見る者に幻想的な美しさを与える流星まで、宇宙には実に多様な存在が行き交っている――そうした宇宙の姿を題材にした描写です。
超絶技巧のオンパレードとも言えるこのセクションは、当時世界屈指の実力を誇ったヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンド(以下YBS)の名手たちが、その卓越した技術を存分に発揮できるよう書かれた、きわめて高難易度の部分です。
そして、音楽は熱を帯びながら、次第にクライマックスへと向かっていきます。
⑤ 天球の音楽 ― Music of the Spheres
ドイツ後期バロック音楽の作曲家ヨハン・マッテゾン(1681–1764)曰く、「この世で最も美しい感情を表現することができる」とされるヘ長調(F Major)で、この楽章は始まります。
無の世界から大爆発、惑星の歌と混沌とした世界を経て、現代の太陽系の姿が形づくられ、仮初の平穏を迎えた天球たち。そこから奏でられる、人間の認知が及ばない世界が、音楽によって表現されているように感じます。
ベル・トーンによる進行は、星々の輝きなのか、あるいは認知の及ばない惑星同士の音による会話なのか。たった11小節の世界ですが、とても独特な世界観を持っています。
⑥ ハルモニア ― Harmonia

筆者個人的に数ある金管バンド作品の中でも、最も美しいと思う場面の一つです。
ギリシャ神話の女神の名としても知られるハルモニア(ハルモニアー)は、調和を司る女神です。その名を冠したこの場面では、⑤「天球の音楽」で散りばめられていたヘ長調の欠片たちが徐々に集約し、422小節目1拍前の実音Aが呼び水となって、この調を属調とする変ロ長調(B♭ Major)が調和(ハーモニー)を表します。
スパークの得意とするサクソルン属の扱いが存分に発揮されている箇所で、E♭&B♭ベースによる荘厳な変ロ長調のハーモニーから幕を開けます。バリトン・ホーン、ユーフォニアム――いわゆる日本でいう「バリチュー」のアンサンブル、そしてテナーホーン、フリューゲル・ホーンへと続き、アドルフ・サックスが目指した同属楽器によるアンサンブルが、調和の響きを奏でます。金管バンドらしさが最も色濃く表れた箇所です。
⑦ 未知 ― The Unknown
美しいハルモニアの章が終わり、冒頭のビッグバンを思わせる再現部が現れたかと思うと、すぐさま新しいテーマが提示されます。
この Unknown、つまり「未知」という場面では、果てしなき宇宙の探索の果てに人類は理解の叡智に至るのか、はたまた破滅が待っているのか――という言葉とともに、作曲者の文章は幕を閉じます。
最終局面では、「未知」を表現するため、突発的でまるでアドリブの連続のような旋律が各楽器によって嵐のように吹き荒れます。そして、トロンボーンの三重奏がきっかけとなり、tuttiでの大爆発で幕を閉じます。
初演のレコーディング
2004年のヨーロピアン・ブラスバンド・チャンピオンシップスでの初演の演奏は、以下のウェブサイトからお聞きいただけます。(WoB Play/英語・有料)

作曲者へのインタビュー

大変ありがたいことに、作曲者スパーク氏からコメントをいただきましたので、ご紹介いたします。
① この楽曲について、付け加えたいコメントや解説はありますか?
「特にありません。しかし、この曲を作曲している最中、YBSとKing氏との間で密接なやり取りを繰り返した結果、この曲は完成しました。そのため、当時のYBS、そしてKing氏にぴったりとフィットした作品となっています。」
➁ 金管バンド、もしくは吹奏楽に関して、ご自身としてはどの編成の演奏がベストだと思われますか?
「それぞれの編成には、それぞれの良さがあります。例えば、金管バンドの演奏ではより生き生きとした音が楽しめますし、吹奏楽では多彩な音色の表情を味わうことができます。」
③ これまで本楽曲には様々なレコーディングがありますが、お気に入りのものはありますか?
「本当にありがたいことに、たくさんのレコーディングが存在していることは存じておりますし、とても光栄に思います。しかし、これまでライヴでの演奏ばかりを聴いてきたため、どれがお気に入りかは申し上げられません。」
④この作品を指揮したことはありますか?
「金管バンドでも吹奏楽でも、指揮をさせていただいたことがあります。日本で言えば、大変幸運なことに、シエナ・ウィンド・オーケストラとOsaka Shion Wind Orchestraの両バンドで本作を指揮した経験があります。どちらのコンサートも、大変思い出深いものです。」
⑤ 日本において、この作品は金管バンドや吹奏楽の両方で大変人気があります。日本のファンの皆さまに向けて、コメントをいただけますでしょうか?
「もちろんです。金管バンドや吹奏楽の両ジャンルでたくさん演奏していただいていることを、大変嬉しく思います。日本では『Music of the Spheres』というタイトルが『宇宙の音楽』と訳されており、とても分かりやすい表現ですが、本来はピタゴラスに由来する『天球の音楽』という思想に基づいている点が、この作品の大元の構想となっています。」
最後に
最後に、個人的な話ですが、筆者自身が指揮者として初めて取り組んだ“大曲”でもある作品ということもあり、とても思い入れがあります。作曲者ご本人にお会いした際、スコアにサインをいただいたことも、大変良い思い出です。
日本の吹奏楽コンクールでの選曲はもとより、金管バンド業界においても、今なお世界中のチャンピオンシップ・セクションをはじめとした最上級セクションのコンテストで、課題曲や自由曲として選ばれている珠玉の名作が本作です。作曲から22年が経った現在でも、金管バンドの可能性をさらに広げられる作品としてコンテスト課題曲に取り上げられ、今後どのような名演が生まれるか、非常に楽しみです。
難曲の一つではありますが、それ以上に非常に音楽的価値が高く、スパーク作品の中でも特に素晴らしい作品だと思います。ぜひ皆さまも、機会を作って演奏してみてください。
また、普段吹奏楽を楽しまれている皆さまも、ぜひ金管バンド版を聴いてみてください。新たな発見がきっと見つかるはずです。
それではまた次回お会いしましょう。今回も誠にありがとうございました。
河野一之(Kazuyuki Kouno)
https://kazuyukikouno.wixsite.com/bassjunkie
洗足学園音楽大学、英国王立ウェールズ音楽歌劇大学院(PGDip)を修了。
Buffet Crampon Besson, B&S並びにMercer & Barker社アーティスト。
Nexus Brass Band、 Riverside British Brass、Immortal Brass Eternally 常任指揮者。 東京ブラスバンド祭マスバンド総括。河野企画代表。日本ブラスブラスバンド指導者協

