皆さま、こんにちは。
12月にしては暖かい日が続いていますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
前回に引き続き、酒井格さんをテーマに、吹奏楽コンクール全国大会の自由曲として演奏されたことのある作品をご紹介します。コンクールでよく演奏されている酒井作品の中でも、龍谷大学吹奏楽部と音楽監督の若林義人さんの委嘱によって生まれた作品たちを外すことはできないでしょう。酒井作品と言えば龍谷大学と言われるようになった作品たちを、龍谷大学吹奏楽部の演奏でご紹介しようと思います。

三角の山
三角の山
作曲:酒井 格
全日本吹奏楽コンクール
2002年(第50回大会) 金賞
演奏:龍谷大学学友会学術文化局吹奏楽部
指揮:若林 義人
三角の山 は、2002年度の吹奏楽コンクール自由曲として龍谷大学吹奏楽部からの委嘱によって作曲されました。三角の山とは、鹿児島県の美しい三角形をした開聞岳のことを表しているのですが、この山の北側にある知覧には当時特攻隊の基地があり、太平洋戦争の末期、この山を最後に見て、多くの若者たちが遙か南へと飛び立っていきました。初演をしてくれた学生たちと、この作戦で亡くなった若者たちはほぼ同世代のはず。そう思うと、この美しい山が見てきた悲しい出来事を忘れないで欲しい、そして二度と繰り返して欲しくない。そのような願いがこの作品に込められています。作品は大きく3つの部分に分かれていて、前半は輝かしい若者の姿、そして迫り来る運命への不安。中間部では大切な人との別れ、そして後半は、未来ある多くの若者たちが南の空に散っていった様子を表しています。
私がこの曲を初めて聴いた時のことはよく覚えているのですが、当時高校生で吹奏楽コンクール全国大会出場が決まった頃、顧問の先生の部屋にこの年の関西大会の即売録音のカセットテープが置いてありました。演奏団体は龍谷大学で、自由曲のタイトル「三角の山」というあまりにもシンプルな曲名に興味がそそられたので、演奏を聴いてみると私が龍谷大学に抱いていた演奏のイメージが良い意味で変わった課題曲から、自由曲冒頭の爽やかでかっこいいファンファーレに一瞬で釘付けになりました。曲調は酒井格さんらしい可愛らしさがあるのですが、よくよく聴いてみると技術的にもアンサンブル的にもかなり難しいことが分かり、拍子をとるのが難しい8分の9拍子に、2:28から始まるアルトサクソフォーンデュオ→クラリネットデュオ→フルートソロ→ソプラノサクソフォーンソロと繋がっていく部分は技術的な難しさに加えて音楽的なセンスも必要です。また、トランペットパートは0:13のソロ、3:45のセクションでのファンファーレ、4:17から2nd→1stパートと転調しながら繋がっていく各ソロが見せ場でありながらかなりの難所だと思われるので、この年の龍谷大学だからこそできた演奏だと思います。この曲は県大会を含めてもこれまでに6団体しかコンクールで演奏されていないのですが、私が聴いた酒井作品の中でも鮮烈な印象を受けた曲として記憶に残っておりますので、実力のあるバンドに是非演奏してもらいたい作品です。
森の贈り物
森の贈り物
作曲:酒井 格
全日本吹奏楽コンクール
2003年(第51回大会) 金賞
演奏:龍谷大学学友会学術文化局吹奏楽部
指揮:若林 義人
森の贈り物 は、2003年度の吹奏楽コンクール自由曲として龍谷大学吹奏楽部からの委嘱によって作曲されました。LEGACYに乗っていた森さんという吹奏楽部OBさんがいらっしゃったのがタイトルのヒントだそうで、長い間、森を題材とした作品を書きたいと思っており、LEGACY(遺産・遺贈)という言葉から「森が長い年月をかけて作り出してくれたもの。私たちがどれほど森の恵みを受けてきているのだろう」とイメージが広がっていき、この作品が生まれたとのことです。
私がこの曲を初めて聴いたのは、2003年の全国大会での龍谷大学の演奏でした。前年の三角の山の演奏を録音で聴いており、この年も「森の贈り物」というシンプルな曲名を見て期待が高まっておりましたが、この年の課題曲Ⅴ:「列車で行こう」の超高速テンポでのタンギングに度肝を抜かれてからの、自由曲冒頭の柔らかく穏やかなサウンドに一気に惹きつけられました。この年の会場の宇都宮市文化会館は響きの多さが独特で特徴的なホールなのですが、このホールと龍谷大学のサウンドに森の贈り物の曲想がぴったりとはまっていて唯一無二の演奏となり、私が初めて聴衆として聴いた全国大会で忘れられない名演となりました。0:10のコルネットソロの美しく柔らかい音色、5:16の技巧的なコルネットソロでの見事な演奏が印象的ですが、0:39の木管楽器の幻想的な響き、1:11から始まるアルトサクソフォーン→フルート→クラリネットと繋がっていく美しいソロ、後半のコルネットソロから繋がる5:26の大変音楽的で素晴らしいシロフォンソロが私としては特に印象に残っています。
七五三
七五三
作曲:酒井 格
全日本吹奏楽コンクール
2004年(第52回大会) 金賞
演奏:龍谷大学学友会学術文化局吹奏楽部
指揮:若林 義人
七五三 は、2004年度の吹奏楽コンクール自由曲として龍谷大学吹奏楽部からの委嘱によって作曲されました。子どもの健やかな成長を願って行われる「七五三」と呼ばれる行事がありますが、この作品は7歳のお姉さん、そして5歳と3歳の弟という架空の兄弟たちが、様々なハプニングに遭いながらも、楽しく七五三参りに出かけ、兄弟の絆をさらに深めていく。そんな情景を思い浮かべながら描いた曲とのことです。
2004年は大学・職場・一般部門の全国大会を聴きに行くことができず、私がこの曲を初めて聴いたのは全国大会の録音CDでしたが、曲の序盤を聴いた瞬間に変拍子が難しそう!と思いました。曲調としては「たなばた」のように軽快で爽やか、そして可愛らしさもあると思うのですが、その可愛らしさの裏に隠された技術的な難しさをクリアしての楽しくてワクワクする曲だと思いましたので、CDで聴いていても龍谷大学の演奏レベルの高さに脱帽したことを覚えています。技術的にも音楽的にも難しい1:36のエスクラリネットソロ、2:50のアルトサクソフォーンソロが特に素晴らしく、全体的にも完成度の高い見事な演奏で、この年に龍谷大学初の全国大会三金を達成しました。
波の通り道
波の通り道
作曲:酒井 格
第33回定期演奏会
2006年12月23日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール
演奏:龍谷大学学友会学術文化局吹奏楽部
指揮:若林 義人
波の通り道 は、2006年度の吹奏楽コンクール自由曲として龍谷大学吹奏楽部からの委嘱によって作曲されました。太陽に照らされてキラキラと光る波が、ごうごうと音を立てて洞窟の中に押し寄せ、洞窟を抜けた波が再び太陽に照らされて真っ白にしぶきを上げ、岩と岩の間を様々な道筋で流れていく。忘れられない素敵な景色、かけがえの無い時間、そのような素敵な時間を過ごせたことに感謝をして書かれた曲とのことです。
曲調としては「森の贈り物」のような雰囲気が感じられると思うのですが、雄大で穏やかなメロディの中に何とも言えない優しさを感じる曲で、様々な波の情景を表しながらもその景色を見た時や思い出を振り返った時の感情が表れているような感覚があり、酒井作品の中でも特に琴線に触れるメロディが印象的な曲です。それぞれの楽器やセクションの動きが繋がっていって1つの流れになるのが酒井作品の特徴の1つだと思っているのですが、この曲はトゥッティでの大きな流れからは離れずに各楽器のソロやセクションでのソリが展開されていく印象で、龍谷大学の演奏からも例年より一体感を強く感じる名演だと思います。
藍色の谷
藍色の谷
作曲:酒井 格
第35回定期演奏会
2008年12月23日 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール
演奏:龍谷大学学友会学術文化局吹奏楽部
指揮:若林 義人
藍色の谷 は、2008年度の吹奏楽コンクール自由曲として龍谷大学吹奏楽部からの委嘱によって作曲されました。藍色の谷とは、酒井さんのご自宅から車で30分ほどのところにある、並木が綺麗な下り坂から遠くに見える景色がお気に入りの場所だそうですが、この場所そのものを描いた曲ではなくて、慣れ親しんだ道を通る時に巡らせる様々な想い、心の風景を描いた曲とのことです。
この曲は、それぞれの楽器やセクションで展開されていくという点では酒井作品らしいと言えると思うのですが、冒頭から短調で始まるというのが珍しいと思ったのと、4:33で小さいドラムセットが入ってバリトンサックスがノリノリのソロを奏でて曲調がガラッと変わるところがあまりにも衝撃的で驚かされました。心の風景を描いた曲とのことなので、これまでにはあまり見られなかった特徴があるのかなと思いましたが、初めてこの曲を聴いた龍谷大学の演奏がコンクールでの演奏とは思えないほど楽しい演奏に感じたことをよく覚えています。私自身、実際に演奏してみたいと思う曲の1つです。
あとがき
いかがでしたでしょうか。吹奏楽コンクール全国大会の自由曲として演奏されたことのある酒井格さんの作品、龍谷大学吹奏楽部と若林義人さんの委嘱によって生まれた作品の中から、全国大会での名演を中心にご紹介しました。
私の2025年は昨年と同じぐらいのたくさんの演奏の機会をいただくことができまして、いろいろなジャンルの曲を演奏させていただきながらも特に吹奏楽の本番が多く、充実した日々を送ることができました。来年も演奏の機会をいただけることを願いつつ、皆さまにたくさんの魅力的な演奏をご紹介することができればと思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。

塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。

