みなさん、こんにちは。金管バンドディレクターの河野一之(コウノ カズユキ)です。
前回の金管バンドの作曲家シリーズより引き続き、今回はピーター・グレアムの特集です。日本でも前回ご紹介したスパーク派かグレアム派かなど好みが別れるところではありますが、スパーク氏同様素晴らしい作品を数多く作曲されている人気の高い作曲家です。
本場英国でもコンテストにおいて数多く課題曲に選出されるなど素晴らしい作曲家で、その人気は止まるところを知りません。あえて比較してみますが、スパーク氏との大きな違いはグレアム氏の音楽のルーツが救世軍バンドにあるというところです。それでは今回もご紹介させていただきます。
ピーター・グレアム(Peter Graham)
1958年スコットランドにあるラナークシャー(Lanarkshire)に生まれたピーター・グレアム(発音はこちらより)は、その後スコットランドの首都にあるエディンバラ大学に進学しました。もともと救世軍のバンドマスター(楽団長)であった父とピアノ奏者であった母の元に生まれ、幼少期よりコルネットを習っており金管バンドに触れる機会も多かったグレアム氏はエディンバラ大学を卒業後、ロンドン大学にて英国音楽業界の巨匠作曲家でもあるエドワード・グレグソン(Edward Gregson)に作曲を師事、その後博士号を取得しました。救世軍についてはこちらからご覧ください。
救世軍&金管バンドの作曲者としての地位の確立
1979年にはスコットランド救世軍設立100周年を祝したコンサートのためにグレアム氏へ作曲の依頼があり、『New Generations』と名付けた行進曲を作曲、その後ロンドンにおける英国で最も偉大なホールの一つロイヤル・アルバート・ホールにおいて演奏されました。これを機に救世軍におけるグレアム氏の作曲家としての地位は確立されます。
またエディンバラ大学の4年時には自身の初出版作品となる『Dimensions』を発表。その後1983年からの3年間、アメリカ・ニューヨークに移住し、フリーランスの作編曲家としての活動の傍ら、救世軍音楽事務所において出版のための編集活動も行っていました。
その後英国に戻ったグレアム氏は英国のテレビ局やラジオ局であるBBCにてアレンジャーを務めたり、それと並行して金管バンド作品の作曲を行いました。これらの活動によりグレアム氏は金管バンドにおける現代的作品の先駆け的な作曲家として認められていきます。
世界進出、そして他ジャンルでの発展
『New Generations』、『Dimensions』と金管バンドのための作品を作曲してきたグレアム氏ですが、その後 に1989年には日本でもとても人気の高い作品『The Essece of Time』を発表しました。この曲は1990年スコットランドで開催された欧州大会の課題曲として作曲され、この大会ではディヴィッド・キング(David King)率いるイングランドの強豪バンドの一つブラック・ダイク・ミルズ・バンド(Black Dyke Mills Band)が優勝しました。
その後『Montage』、『Journey to the Centre of The Earth』など名作を生み出し、欧州各地の他、オーストラリア、ニュージーランド、北アメリカなどにおいて全国大会の課題曲として用いられるなど世界的な作曲家となりました。
また金管バンドのみならず吹奏楽や軍楽隊のための作品も多く作曲をしており、東京佼成ウィンドオーケストラや王立ノルウェー軍楽隊などによっても演奏やレコーディングをされています。アメリカ空軍バンドに委嘱された『Harrison’s Dream』においては2002年アメリカ・バンドマスター協会オストウォルド賞(American Bandmasters Association Ostwald Award)を受賞。さらにスコットランド出身の打楽器奏者であるイヴリン・グリニー(Evelyn Grennie)のために作編曲した作品を収録したアルバムがグラミー賞を受賞したりなど数々の素晴らしい作品を世に生み出しています。
日本で人気の作品
金管バンドのみならず、吹奏楽や室内楽、果てはソロの曲など人気作品をたくさん世に生み出しているグレアム氏ですが、彼の作品にはテーマを持ったり、ケルト音楽や讃美歌から引用した曲も大変人気です。今回は日本でよく演奏をされている人気の高い金管バンド作品をご紹介いたします。
ゲールフォース(Gaerlforce)
3つのアイルランド民謡によって構成された3楽章形式の作品です。前回のフィリップ・スパーク特集でご紹介した『組曲:ハイランド讃歌』と同様の形で作曲されたグレアム氏による作品『Cry of the Celts』に続く作品としてイングランドの名門バンドであるフォーデンス・バンド(Fodens Band)の委嘱によって作曲されました。
以下の3曲の民謡によって構成されるこの曲はそれぞれの楽章に各楽器のソロなども入っており、コンサートにも使いやすいことから日本でもとても人気が高い作品です。
- The Rocky Road to Dublin
- The Minstrel Boy
- Tossing the Feathers
シャイン・アズ・ザ・ライト(Shine as the Light)
グレアム氏の父親が救世軍のバンドマスターであった事からグレアム氏自身も救世軍の音楽の中でその実力を発揮し、救世軍バンドのために様々な曲を作曲しています。キリスト教プロテスタントの教えのもと活動をしている救世軍にとって、礼拝や集会で神を讃える歌として歌われている讃美歌は無くてはならないものとなっており、救世軍のバンドの曲には讃美歌が主題やモチーフになっていることが多くあります。
この曲の中にもモチーフとして『It’s A Great Day, the beautiful』、『Candle of the Lord, and the blazing finale』、『The Light Has Come』これら3曲が使用されています。
W.ヒートンやE.ボール、K.ダウニーなど後世に残る素晴らしい作曲家も輩出している救世軍バンドですが、後進の育成にもとても熱心でグレアム氏もその影響を強く受けておりシャイン・アズ・ザ・ライトの中にもこれら救世軍系の作曲家たちから受け継がれてきた技法を強く感じることができます。
果敢に進む(To Boldly Go)
2015年に創立125周年を迎えたオーストラリアのメルボルン救世軍バンド、このバンドのバンドマスターであるケン・ウォーターワース(Ken Waterworth)の委嘱によって作曲をされた作品です。
ウォーターワース氏はこの曲を委嘱する際に、「シャイン・アズ・ザ・ライトのように救世軍の楽曲が使われ、親しまれ演奏され続けるような曲」という依頼を行いました。この事からこの曲の中にも以下の讃美歌が使われています。
- I’ll Go In The Strength of The Lord ( Turney & Bosanko)
- I’ll Not Turn Back ( Gowans & Larsson )
日本では2017年のブラック・ダイク・バンド(Black Dyke Band)の来日公演で演奏されたことによりとても有名になり、いまだに数多くの演奏会で使われている人気の高い作品です。
前回ご紹介したフィリップ・スパークと違い、ピーター・グレアムは救世軍系の家系に生まれ、このバンドの中に音楽のルーツを持つ作曲家です。なので救世軍系、つまりキリスト教の中でもプロテスタントの方々が使われる讃美歌をモチーフにした作品が多いことも他の救世軍系作曲家と同様ですし、また他の一般の作曲家との違いとなりとても面白い所です。
またその作品は奏者のレベルに限らず演奏しやすいシンプルな曲から世界一を決めるような大会で使われる高難易度で複雑な曲まで様々な楽曲を世に生み出している作曲家です。今回ご紹介した日本で人気の作品の他にも素晴らしい作品がたくさんありますで、ぜひ色々聞いてみてください。こちらからグレアム氏の作品名を検索できます。
https://www.gramercymusic.com/BBConcert.html
それでは今回もありがとうございました。またお会いしましょう。
河野一之(Kazuyuki Kouno)
https://kazuyukikouno.wixsite.com/bassjunkie
洗足学園音楽大学、英国王立ウェールズ音楽歌劇大学院(PGDip)を修了。
Buffet Crampon Besson並びにMercer & Barker社アーティスト。Sony Music Stand Up Orchestra チューバ奏者。Nexus Brass Band、 Riverside British Brass、Immortal Brass Eternally 常任指揮者。 東京ブラスバンド祭マスバンド総括。河野企画代表。日本ブラスバンド指導者協会理事。