【吹奏楽ナビ】#77 作曲家 酒井 格①

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皆さま、こんにちは。

早いもので2025年も12月となりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

9月から作曲家をテーマにした記事を書いてきましたが、私が近年演奏する機会が増えた作曲家として酒井格さんが挙げられます。昨年に発売された大井剛史さん指揮、東京佼成ウインドオーケストラの演奏による「酒井格 作品集」のCDのレコーディングに参加したことで、当時広くは知られていなかった酒井格さんの作品を演奏することができ、それまでに演奏していた作品も含めてより親しみが湧きました。そこで今回は、これまでに私が演奏した中から特に印象に残っている酒井格さんの作品を、演奏した順番にご紹介しようと思います。

たなばた

酒井格さんの作品といえば「たなばた」と言えるほどに有名な曲であり、最も多く演奏されている曲だと思います。私が初めて演奏した酒井さんの曲も「たなばた」でした。1988年に作曲された初の本格的な吹奏楽作品であり、天の川によって離ればなれにされてしまった若い男女、彦星と織姫が、年に一度7月7日の夜だけ逢う事を許されるという七夕の伝説を音楽で表現した作品です。

たなばた The Seventh Night of July
作曲:酒井 格


演奏:東京佼成ウインドオーケストラ
指揮:渡邊 一正

私はこの曲を大学生の時に初めて演奏してから、これまでにプロやアマチュアを含む様々な団体で演奏する機会がありましたが、私自身が一番多く演奏に参加している団体が東京佼成ウインドオーケストラということもありますので、セッション録音のCDにも収録されている演奏をご紹介しましょう。いろいろな指揮者の方とこの曲を共演しましたが、毎回様々な化学反応が起こるため不思議と同じような演奏にはならず、「たなばた」の音楽的な懐の深さを感じることができます。

私が佼成ウインドさんで演奏している時の胸キュンポイントとしては、2:05からのサクソフォーンカルテットでの演奏の中でも2:14のテナーサクソフォーンが半音で下がっていく部分の音色感と和声感がとても素晴らしくて毎回感動し、その後のアルトサクソフォーン(織姫)とユーフォニアム(彦星)のソロへ繋がっていく部分でほっとする音楽的な安心感が良いなあと思っています。4:17からのトゥッティも感動的なのですが、ピアニシモになる4:49でハーモニーがクラリネットセクションとテューバだけになる部分、特に4:55辺りでアルトクラリネットだけが4拍目に動くところが緊張感がありながらも充実した瞬間で、アルトクラリネット奏者として存在を認められた気分になります。そこから様々な転調を経てクライマックスに向かっていく部分、特に7:31は満天の星が目の前に広がったような開放感を感じながら胸がいっぱいになり、この曲を演奏できてよかったと心から思います。

木の葉の旅

木の葉の旅 は、2003年12月に龍谷大学吹奏楽部クラリネットセクション4回生の委嘱によって作曲されたクラリネット8重奏曲で、秋になって、樹を離れた木の葉が、風に乗って様々な景色の中を巡っていく様子を音楽で表現した作品です。
私がこの曲を初めて知ったのは、ブレーン出版から発売されたアンサンブルコンテスト選曲シリーズのCDでした。収録曲の中でも、良い意味でアンコン向けとは思えないぐらい美しい作品だったのを覚えていて、大学院生だった時に開催された第1回東京藝術大学クラリネット科定期演奏会の選曲会議で後輩達にこの曲を提案してみたところ通りまして、演奏メンバーとなって初めて演奏することができた思い出の曲になっています。
こちらはそのCDに収録されている演奏です。

東京藝術大学クラリネット専攻生

木の葉の旅
作曲:酒井 格

編成:Es Clarinet、Bb Clarinet 1~4、Alto Clarinet、Bass Clarinet、Contra Bass Clarinet

第1回 東京藝術大学クラリネット科 定期演奏会
演奏:東京藝術大学クラリネット専攻生

演奏メンバーは当時の大学1年生から大学院1年生までの東京藝術大学クラリネット専攻生で、1stパート担当の3年生が私の師匠でもある山本正治先生の門下生だったこともあって先生に何度かアンサンブルのレッスンをしてもらうことができまして、アンコンでの演奏アプローチとは全く異なる大変音楽的な演奏になったと思います。私はアルトクラリネットパートを担当しており、演奏全体としてはミスもあって改めて聴くと若いなあと思うのですが、学生時代にしかできない音楽表現が良いなとも思いましたのでご紹介させていただきます。

I Love the 207

I Love the 207 は、京都で活動する一般吹奏楽団である大住シンフォニックバンドの委嘱で2010年2月に作曲され、同年4月に尾崎正典指揮の同バンドによって初演、2011年度の日本吹奏楽指導者協会「下谷奨励賞」を受賞した作品です。タイトルの207とは、京田辺市を通る通勤電車、片町線の主力車両である207系の愛称で、大住シンフォニックバンドが練習する建物のすぐ隣を走る 207系の列車が、初演のちょうど5年前の2005年4月25日に起きたJR福知山線脱線事故という悲しい出来事を二度と繰り返すことなく走り続け、たくさんの人たちの笑顔と夢を乗せて走り続ける事を願って作曲された愛らしい作品です。コンサートのオープニングで使える作品との委嘱者の要望から、楽器紹介風の序奏に続き華やかなスケルツォが続く構成となっています。
私がこの曲と出会ったのは、2015年4月に開催された東京佼成ウインドオーケストラの第123回定期演奏会に出演した時でした。この曲がプログラムの1曲目で、リハーサルで初めての演奏、冒頭がいきなりクラリネットセクションのみのソリから始まって驚き、電車が走っている様子だということは演奏しながらでも分かりましたがあっという間に曲が終わり、指揮者の大井剛史さんが細部の描写を細かく説明していく中で、曲で使われている電車の発車音から私の実家のJRの最寄り駅を走っている普通電車が207系の電車だったことが分かってこの曲に大変親近感が湧いたことを思い出します。

I Love the 207
作曲:酒井 格


21世紀の吹奏楽「響宴XIV」
演奏:川口市・アンサンブルリベルテ吹奏楽団
指揮:福本 信太郎

この作品が「下谷奨励賞」を受賞することとなった、21世紀の吹奏楽「響宴XIV」での、川口市・アンサンブルリベルテ吹奏楽団の演奏をご紹介します。冒頭部分は管楽器の名前がそのままリズムになっており、「クラリネッ トー」「ピッ コロ ピッ コロ」「フルート」「トランペッ トー」「トロン ボー↓ン↑ー」のようなメロディが聴こえてきます。1:39には発車前にドアが閉まる音(実際の音はもう少し速いテンポです)がグロッケンの音で聴こえてきたり、4:18からはミュージックホーンと呼ばれる警笛がトランペットなどで演奏されたりと、電車で実際に使用されている音が聴こえてくる楽しさがあり、技術的な難しさはありますがコンサートでたくさん演奏されてほしい曲だと思っています。

メルヘン

2023年の夏〜秋頃に、2024年度の全日本吹奏楽コンクールの課題曲として酒井格さんが委嘱作品を作曲すると知ってとても楽しみにしておりました。曲名が「メルヘン」という酒井さんらしい題名で、初めて参考演奏のCDを聴いた時は酒井さんの曲のカラーがしっかりとあって技術的にも難しすぎず、課題曲としての課題もちゃんと見えて音楽的な幅も備えているという正に課題曲としても理想的な作品だと思いましたが、近年の課題曲の選曲傾向から全国大会でたくさんの団体が演奏してくれるだろうかという不安もありました。蓋を開けてみると、私が指導した学校は全てメルヘンを選曲していて、全国大会では41.2%の団体によって演奏されるという大人気の曲となりました。

東京佼成ウインドオーケストラ

メルヘン
作曲:酒井 格


課題曲コンサート2024
演奏:東京佼成ウインドオーケストラ
指揮:大井 剛史

私が2024年度の課題曲を初めて演奏した公演が、東京佼成ウインドオーケストラの課題曲コンサート2024でした。この公演のリハーサルでは基本的に作曲者が立ち合ってくださることになっており、酒井さんもリハーサルに来てくださっていろいろな助言や感想を言ってくれていたのですが、指揮者の大井剛史さんと酒井さんが親しいこともあってか酒井さんのこだわりが私の想像よりもしっかりとあってゲネプロまで細かくリハーサルをしたことをよく覚えています。その中で、2:51の部分のテンポについて「急いでいる時に学校の職員室前の廊下を早歩きで歩く感じ」というようなことを酒井さんが仰ったことが妙に記憶に残っており、この年のコンクールでいろいろな団体のメルヘンを聴きましたがこの部分をこのようなテンポで演奏した団体はなかったと記憶していますので、酒井さんが思うこの曲の姿を忠実に再現できた演奏の1つとしてご紹介させていただこうと思いました。

さいたま市立浦和高等学校吹奏楽部

メルヘン
作曲:酒井 格


西関東吹奏楽コンクール
2024年(第30回大会) 金賞
演奏:さいたま市立浦和高等学校吹奏楽部
指揮:小泉 信介

私が2024年に吹奏楽コンクールで聴いた「メルヘン」は録音を含めてたくさんありますが、実際にコンクール会場で聴いた演奏の中では埼玉県大会でのさいたま市立浦和高校の演奏に大変共感して記憶に残っていますので、同校の西関東大会での演奏をご紹介しようと思います。

全国の中でも特に抜けるのが難しいとされる埼玉県のバンドに相応しいアンサンブル力が光り、特にバランスの取り方が素晴らしくて聴こえてきてほしい音がちゃんと聴こえてきます。それでいて、演奏を作り過ぎている感があまりなく、とても自然な音楽を奏でているのが特に印象的でした。個人個人の技術レベルが特別に高いという訳ではないのですが、各楽器のセクションやトゥッティのサウンドが美しいのにバンドの個性が感じられる演奏で、課題曲としての「メルヘン」の理想系だろうと私は思いました。自由曲のコープランド作曲「アパラチアの春」と共に、是非聴いていただきたい演奏です。

リサイタルのご案内。

私事になりますが、東京での初のリサイタルとなります、塚本啓理 クラリネットリサイタル を、再来月の2月6日(金)19:00から、代々木上原駅東口より徒歩2分のMUSICASA ムジカーザで開催する運びとなりました。共演するピアニストは五味田恵理子さんです。

躍動と静寂のハーモニー と題しまして、前半は酒井格さんの作品であるアルトクラリネットのピアノのための「高原にて」などを、後半はサン=サーンス作曲のクラリネット・ソナタ、ファゴット・ソナタなどを演奏しますので、お時間がございましたら是非ご来場いただけると幸いです。
チケットのご予約はチラシ裏面に記載のQRコードから、お問い合わせは 20260206recital@gmail.com までお願い致します。

あとがき

いかがでしたでしょうか。酒井格さんの作品の中で私が特に印象に残っているものを、演奏と共にご紹介しました。

次回は、コンクールの自由曲で演奏されたことがある酒井格さんの作品を、全国大会での名演を中心にご紹介しようと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。


塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。

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