皆さま、こんにちは。
前回に引き続き、今年で生誕90年を迎えられる兼田敏さんをテーマに、吹奏楽コンクール全国大会の自由曲として演奏されたことのある作品を、コンクールでの名演を通してご紹介します。

INDEX
シンフォニックバンドのためのパッサカリア
1971年に音楽之友社創立30周年記念行事の委嘱作品として作曲された シンフォニックバンドのためのパッサカリア は、おそらく吹奏楽における兼田作品の中で最も多く演奏されている曲でしょう。曲は題名通り、決まった低音主題を何回も反復しながら変奏が行われていく「パッサカリア」の形式をとっています。「中学校や高等学校のバンドで可能な演奏技術で、音楽の楽しみや喜びが味わえるようなものを書きたいと思いました。」と作曲者が述べているように、技術的には易しいながら高度な音楽的内容を持ち、兼田敏さんならではの独創性が遺憾なく発揮されていて、日本の吹奏楽曲の中でも最高峰の作品となっています。
静岡県立浜松工業高等学校 (1972年)
シンフォニックバンドのためのパッサカリア
作曲:兼田 敏
全日本吹奏楽コンクール
1972年(第20回大会) 金賞
演奏:静岡県立浜松工業高等学校吹奏楽部
指揮:遠山 詠一
1971年に作曲された シンフォニックバンドのためのパッサカリア の全国大会初演は静岡県立浜松工業高校です。1:49でのホルンセクションの勇ましい咆哮を筆頭に金管楽器の音圧の凄さが印象に残りますが、木管楽器の各ソロやトゥッティでの音楽表現が人間味に溢れており、どこか懐かしさを感じさせながらも曲の魅力がよく伝わる演奏だと思います。
福岡工業大学 (2004年)
シンフォニックバンドのためのパッサカリア
作曲:兼田 敏
全日本吹奏楽コンクール
2004年(第52回大会) 金賞
演奏:福岡工業大学吹奏楽団
指揮:柴田 裕二
シンフォニックバンドのためのパッサカリア は、2000年代になると支部大会以上での演奏回数がかなり少なくなってしまうのですが、その中で久しぶりに全国大会で金賞を受賞したのが福岡工業大学です。冒頭の低音セクションの重厚でありながら柔らかいサウンドでの美しいレガート奏法から始まり、全ての楽器の音色が美しくてふくよかな響きがあり、よくブレンドされたトゥッティサウンドでの見事なアンサンブルはこの曲の音楽的な素晴らしさを再確認させてくれました。
宝塚市立中山五月台中学校 (2021年)
シンフォニックバンドのためのパッサカリア
作曲:兼田 敏
全日本吹奏楽コンクール
2021年(第20回大会) 銀賞
演奏:宝塚市立中山五月台中学校吹奏楽部
指揮:渡辺 秀之
これまでに全国大会に18回出場している関西を代表する兵庫県の名門校の宝塚市立中山五月台中学校ですが、近年は少子化の影響もあって2025年は小編成部門でのコンクール出場となりました。2021年の中山五月台中学校は約20名での出場でしたが、指揮の渡辺秀之先生の特徴であるブレンドされたトゥッティサウンドを保ちながらも絶妙な各声部のバランスの取り方と一人一人の積極的な演奏によって人数の少なさを感じさせず、中学生らしい素直な音楽表現によってこの曲の良さを再認識させてくれました。
シンフォニックバンドのための序曲
シンフォニックバンドのための序曲
作曲:兼田 敏
全日本吹奏楽コンクール
1971年(第19回大会) 金賞
演奏:ヤマハ吹奏楽団浜松
指揮:原田 元吉
シンフォニックバンドのための序曲 は、1971年5月に開催されたヤマハ吹奏楽団浜松の定期演奏会のために作曲され、たまたまその演奏会を聴いていたラドウィッグ出版社副社長の頼みで翌年の1972年12月にアメリカで出版されました。曲は、牧歌的なのどかな部分と躍動的で活気に溢れた部分との対比が見事に描き出されています。
この曲の初演団体であるヤマハ吹奏楽団浜松は作曲された年のコンクール自由曲に選び、全国大会初演での金賞受賞となりました。曲の細部までよく練られており、圧倒的なサウンドによる見事なアンサンブルで隙がなく、この曲の魅力を伝えてくれる演奏だと思います。
吹奏楽のためのバラードV
吹奏楽のためのバラードV
作曲:兼田 敏
全日本吹奏楽コンクール
2010年(第56回大会) 銅賞
演奏:大津シンフォニックバンド
指揮:森島 洋一
兼田敏さんの晩年を代表する作品が、1981年から1999年にかけて全部で5曲書かれた「バラード」シリーズです。演奏技術の困難さや作品の晦渋さによって演奏される機会が少ないですが、兼田敏さんの円熟の作曲技法が凝縮された魅力的な作品です。吹奏楽のためのバラードV は、1999年に行われた第14回国民文化祭・ぎふ99での委嘱作品として作曲され、緩-急-中緩-急-緩の単純な構成ではありますが、演奏者にとっては相当な馬力と強靱な精神力を要する曲になっています。
コンクールで演奏されることもほとんどない作品ですが、邦人作品を自由曲に多く取り上げている大津シンフォニックバンドが2010年の自由曲に初めての兼田作品でありながら本作を取り上げていて度肝を抜かれました。 バンドのレベルは非常に高くサウンドも曲に合っていて技術的にも申し分ない演奏ですが、やはりコンクール向けとは言えない作品が点数が伸びない原因となってしまったのでしょうか。それでも、この作品をコンクールの自由曲として演奏した意義はあると私は思いました。
あとがき
いかがでしたでしょうか。吹奏楽コンクール全国大会の自由曲として演奏されたことのある兼田敏さんの作品を、全国大会での名演を通してご紹介しました。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。

塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。