皆さま、こんにちは。
今回は作曲家のフィリップ・スパーク特集の第2弾として、「宇宙の音楽」を取り上げます。スパークの作品の中で全国大会で一番多く演奏されているのが「宇宙の音楽」なのですが、全国大会で演奏した全23団体中の金賞受賞が6団体、割合にして26.1%と決して高くない数字になっており、なかなかに難しい作品であるということが分かります。前回の記事で取り上げた「ドラゴンの年」と同じく、欧州選手権というブラスバンドの大会で初めて演奏された作品になりますが、現在エムハチポータルで連載されている 河野一之(コウノ カズユキ)さんの【金管バンドナビ】の記事に欧州選手権について詳しく書かれておりますので、こちらも是非読んでいただきたいです。
【金管バンドナビ】#53 欧州選手権2025特集①

INDEX
Music of the Spheres
「Music of the Spheres」は、フィリップ・スパークが作曲したブラスバンド曲で、イングランドのヨークシャー・ビルディング・ソサエティ・バンドの委嘱により、2004年に開催された欧州選手権での同バンドの自由選択曲として作曲されました。spheres とは、天体・天球という意味の単語の複数形で、古代ギリシャの数学者で哲学者のピタゴラスとその一派が唱えた「天球の音楽」に着想を得て宇宙の創生から未来を音楽で描いた作品です。日本語では「天球の音楽」「天体の音楽」と訳されることもありますが、「宇宙の音楽」と訳されることが一般的です。
まずはブラスバンドの編成による演奏をご紹介しておきましょう。2004年の欧州選手権における、David King 指揮の Yorkshire Building Society Band による演奏です。
「宇宙の音楽」吹奏楽版と、ブラスバンド版との違いについて
「宇宙の音楽」は、その後作曲者のスパーク自身によって吹奏楽の編成に編曲され、2005年6月3日に山下一史の指揮、大阪市音楽団(現在はOsaka Shion Wind Orchestra)の演奏によって初演されました。大阪市音楽団の大編成を想定して編曲されたため、コントラバスクラリネットなどの低音木管楽器群が編成に入っているのが特徴です。
原曲のブラスバンド編成から吹奏楽編成に編曲されたことによって、作品の印象が大きく変わることはなくそれぞれの編成の良さが生かされていると思うのですが、いくつかの部分では私が受ける印象が異なっていましたので、その部分について言及しておきます。
「孤独な惑星」
吹奏楽版ではクラリネット、ファゴット、イングリッシュホルンとソロが繋がっていき、特にソプラノサクソフォーンの音色と表現力の印象が強く残りますが、ブラスバンド版のバリトン・ホーン、ユーフォニアム、テナー・ホーンとソロが繋がっていき、ソプラノ・コルネットソロからのソロ・コルネットパートのソロに「孤独な惑星」という題名そのものの寂寥感を感じて私としてはとてもしっくりきます。吹奏楽版では木管楽器のそれぞれの音色の変化による孤独な惑星の動きが、ブラスバンド版では同じ金管楽器によるブレンドされた音色による切ない表現が魅力だと言えると思います。
「小惑星帯と流星群」
私が最初に聴いた「宇宙の音楽」が吹奏楽版だったこともあるのですが、冒頭のコントラバスクラリネット、バスクラリネット、アルトクラリネットと繋がる低音クラリネット群を始めとした木管低音楽器群の大活躍ぶりが目立つ吹奏楽版に対して、ブラスバンド版では中低音音域の楽器の大活躍はもちろんですがソロ・コルネットパートをはじめとする6連符の縦横無尽ぶりが超絶技巧を際立たせていて技術的に最高難易度の曲であることがはっきりと分かります。吹奏楽版ではこの6連符が木管楽器の複数のパートに分けられていることもあってそこまで目立って聴こえてこないバランスになり、版によって超絶技巧が目立つ音域が違うという対比となっています。
「ハルモニア」
「宇宙の音楽」の中でもとりわけ感動的な部分で私も大好きなところですが、ブラスバンド版はそれぞれの金管楽器の音色が溶け合った美しいブレンドトーンによって純粋な曲の良さを存分に味わえるのに対して、吹奏楽版では低音域でのクラリネットとイングリッシュホルンから始まる木管楽器を中心としたサウンドからソプラノサクソフォーン中心の美しい音色に繋がってトランペット・トロンボーンの直管金管楽器の迫力あるサウンドに繋がっていくというスパークのオーケストレーションが私はあまりにも素晴らしいと感じます。ブラスバンド版での純粋な曲の良さがまっすぐ伝わること、吹奏楽版での楽器が変わっていくことによる色合いの変化、どちらも魅力的だと思います。
精華女子高等学校 (2007年)
宇宙の音楽
作曲:P.スパーク
全日本吹奏楽コンクール
2007年(第55回大会) 金賞
演奏:精華女子高等学校吹奏楽部
指揮:藤重 佳久
「宇宙の音楽」の全国大会初演は2007年の精華女子高校です。精華女子高校はその後2011年に「宇宙の音楽」を再演してとてつもない名演を残しており、こちらは以前の記事でご紹介しているので是非聴いていただきたい演奏です。今回は、全国大会初演となった2007年の若々しさに溢れたエネルギッシュな演奏をご紹介しようと思います。
堂々としたホルンソロ(少しカットされているのが残念ではありますが)の t=0《0:00~》から始まり、急激なクレッシェンドでビッグバン《0:30~》に突入して若々しいエネルギーが爆発します。孤独な惑星《2:26~》ではクラリネットから始まる各楽器のソロが対等にアピールして進んでいき、ソプラノサクソフォーンの切ないソロからトゥッティに繋がって雄大な歌を奏でます。突如始まる 小惑星帯と流星群《4:15~》が凄まじい疾走感であっという間に駆け抜けていき、ホルンの凄まじい音圧の 宇宙の音楽《5:11~》から ハルモニア《5:29~》に繋がっていきます。音楽の流れを大切にした歌心溢れるエネルギッシュな演奏が展開されていき、未知《7:27~》に突入して最後まで勢いが落ちない圧巻の演奏で曲が終わります。
駒澤大学高等学校 (2012年)
宇宙の音楽
作曲:P.スパーク
全日本吹奏楽コンクール
2012年(第60回大会) 金賞
演奏:駒澤大学高等学校吹奏楽部
指揮:吉野 信行
東京支部を代表する強豪校の駒澤大学高校ですが、今までに様々な海外オリジナル作品を自由曲に選んでいる中でスパーク作品を演奏したのが2012年の「宇宙の音楽」のみとは思えないほどにバンドのサウンドがスパーク作品にマッチしており、「宇宙の音楽」といえば駒澤大学高校というほどに同校を代表する名演となっています。
アレキサンダーの楽器特有の深く重厚な響きによる素晴らしいホルンソロから t=0《0:00~》が始まり、ゆるやかなクレッシェンドから ビッグバン《0:54~》に突入します。決して速すぎるテンポではないのにも関わらず恐ろしい音圧と深い響きを兼ね備えた金管楽器によってエネルギーの爆発が見事に表現されています。孤独な惑星《2:53~》ではイングリッシュホルンから始まるソロがファゴット、ソプラノサクソフォーン、テナーサクソフォーンと名手達によって受け継がれていき、切なくも壮大な世界が広がります。重戦車のような凄まじい重低音木管楽器群から始まる 小惑星帯と流星群《3:50~》もテンポは落ち着き目ですが、それぞれの楽器の動きが鮮明に聴こえながら駆け抜けていく様はゴツい形をした小惑星が突き進んでいくようです。ホルン・トランペットの鳴りと音圧が気持ちよく感じられる 宇宙の音楽《5:33~》から、ハルモニア《5:52~》がスパーク作品に必須のノーブルな空気感を纏いながらよくブレンドされた豊かなサウンドで雄大に奏でられ、7:07の直管金管楽器のサウンドが鮮烈にホールに響き渡ります。未知《7:57~》でも落ち着いたテンポで地面に深く根ざした雄大な駒澤サウンドを響かせていき、音圧に溢れた重厚な響きに包まれて曲が終わります。
あとがき
いかがでしたでしょうか。フィリップ・スパーク作曲「宇宙の音楽」を、コンクールでの名演を交えながらご紹介しました。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。

塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。