皆さま、こんにちは。
梅雨のさなかに突然やってきた猛暑に驚いてしまいましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
今回は、吹奏楽コンクールで取り上げられる「ミュージカル」のジャンルの作品の第2弾として、「レ・ミゼラブル」を取り上げます。全世界で大ヒットを記録した不朽の名作でありながら、吹奏楽コンクール全国大会で初めて演奏されたのは2010年代と意外にも遅いのですが、そのあたりの事情にも触れながら吹奏楽コンクールでの名演をご紹介しようと思います。
レ・ミゼラブル
「レ・ミゼラブル」は、クロード＝ミシェル・シェーンベルクとアラン・ブーブリルの脚本、アラン・ブーブリル(フランス語版)とハーバート・クレッツマー(英語版)の作詞、クロード＝ミシェル・シェーンベルクの作曲によるミュージカルで、ヴィクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」が原作となっています。この小説は日本で翻案され「噫無情(ああむじょう)」というタイトルで広く知られるようになりました。1980年にパリで当作品の前身となるミュージカルが初演され、1985年にロンドン版(英語版)がロンドンで上演されるとたちまち大人気となり、1987年のブロードウェイでの上演に続いて日本の帝国劇場での日本初演が行われ、その後は世界中で上演される作品となりました。
「レ・ミゼラブル」が吹奏楽コンクール全国大会に初登場したのは2013年なのですが、これは2012年に公開されたミュージカル映画「レ・ミゼラブル」の影響があったとみて間違いはないでしょう。かくいう私も映画で初めて「レ・ミゼラブル」の物語と音楽を知りました。2013年は西関東支部の御三家と呼ばれる高校の2校が同じ年に「レ・ミゼラブル」を自由曲に選ぶというなかなかに衝撃的な出来事もあり、この作品に注目が集まっていたこともその後たくさんの団体によって演奏されることになった要因の一つだと思います。
埼玉県立伊奈学園総合高等学校 (2013年)
ミュージカル「レ・ミゼラブル」より
幼いコゼット、プロローグ、一日の終わりに、夢やぶれて、最後の戦い、エピローグ(オン・マイ・オウン、民衆の歌)
作曲：Ｃ.Ｍ.シェーンベルク 編曲：森田 一浩
全日本吹奏楽コンクール
2013年(第61回大会) 金賞
演奏：埼玉県立伊奈学園総合高等学校吹奏楽部
指揮：宇畑 知樹
伊奈学園総合高校の宇畑知樹先生と作編曲家の森田一浩さんとの初タッグは1997年まで遡り、「中国の不思議な役人」などのオーケストラ作品、「トッカータとフーガ ニ短調」などのオーケストラ以外の作品、「もののけ姫」などの映画音楽といった、現在の吹奏楽界で演奏されている数多の名編曲を生み出してきました。「レ・ミゼラブル」は宇畑先生の発案によるセレクションを森田さんが編曲したもので、映画版の「レ・ミゼラブル」のサウンドトラックに準じる曲が多いのが特徴です。
フルートの5度のハーモニーから、ｄ－ｍｏｌｌで 幼いコゼット《0:00～》がもの悲しいリコーダーのデュオで始まり、壮大な プロローグ《0:30～》に繋がる構成があまりにも見事で一気にレ・ミゼラブルの世界に引き込まれます。雄大に広がる序奏から始まる 一日の終わりに《1:00～》では早口のメロディを冷静に美しい音色で奏でていき、アルトサクソフォーンのソロから木管楽器に繋がっていくメロディの美しさが心に残る名ナンバー 夢やぶれて《2:27～》では表情豊かな歌がホールに響き渡ります。ホイッスルの警笛から豪快かつ勇壮に 最後の戦い《4:10～》が繰り広げられた後、2つの歌を回想的に扱ったエピローグのかたちで オン・マイ・オウン《5:37～》の美しいメロディが過去を懐かしむように演奏され、ピッコロのオフステージ指定で演奏される 民衆の歌《6:41～》が聴こえてきます。だんだんと人が増えてきてトゥッティでの壮大な歌になり、華やかに曲が終わります。
春日部共栄高等学校 (2013年)
ミュージカル「レ・ミゼラブル」より
プロローグ、一日の終わりに、オン・マイ・オウン、最後の戦い、ワン・デイ・モア
作曲：Ｃ.Ｍ.シェーンベルク 編曲：福島 弘和
全日本吹奏楽コンクール
2013年(第61回大会) 銀賞
演奏：春日部共栄高等学校吹奏楽部
指揮：都賀 城太郎
春日部共栄高校の都賀城太郎先生と作編曲家の福島弘和さんとのタッグは2009年の同校自由曲である ラッキードラゴン〜第五福竜丸の記憶〜 から始まるのですが、その後も福島さんのオリジナル作品を2年続けて選曲した翌年の2013年に福島さんの吹奏楽編曲版による「レ・ミゼラブル」を選曲し、同校にとっては10年ぶりの編曲ものであると同時に自由曲が伊奈学園総合高校と同じ作品になるという二重の驚きがあったのをよく覚えています。福島さんの編曲版はミュージカル版の「レ・ミゼラブル」のサウンドトラックに準じる曲が多く、全てが原調であるのが特徴です。
荘厳に始まる プロローグ《0:00～》から、ミュージカルの歌詞を意識したスピード感溢れる 一日の終わりに《0:38～》に繋がっていきます。スピードがだんだん緩まっていき、ホルン、サクソフォーンからトゥッティへと繋がっていく オン・マイ・オウン《1:44～》で懐の深い豊かなサウンドを聴かせた後、音圧溢れるミュージカル版のファンファーレから 最後の戦い《3:02～》になだれ込んで目まぐるしいスピードで駆け抜けていきます。金管楽器のファンファーレが鳴り響き、「赤と黒」のメロディが聴こえてきてようやく戦いが終わり、キラキラした序奏からアルトサクソフォーンの歌心に満ちたソロで ワン・デイ・モア《4:27～》が始まります。フルートソロやソプラノサクソフォーン・トランペットのソロが絡んでいき、ゴージャスなトゥッティサウンドがホールに響き渡って感動的に曲が終わります。
埼玉県立伊奈学園総合高等学校 (2021年)
ミュージカル「レ・ミゼラブル」より
幼いコゼット、プロローグ、一日の終わりに、オン・マイ・オウン、最後の戦い、ワン・デイ・モア
作曲：Ｃ.Ｍ.シェーンベルク 編曲：森田 一浩
全日本吹奏楽コンクール
2021年(第69回大会) 金賞
演奏：埼玉県立伊奈学園総合高等学校吹奏楽部
指揮：宇畑 知樹
新型コロナ禍で中止となってしまった2020年の吹奏楽コンクール、課題曲が次の年に持ち越されて開催されることになった2021年の各団体の動向をチェックしていると、伊奈学園総合高校が自由曲に「レ・ミゼラブル」を選曲しているとの情報を得ます。8月後半になって飛び込んできた森田一浩さんの訃報を聞いた時、悲しみと同時に思い浮かんだのは伊奈学園総合高校の自由曲「レ・ミゼラブル」のことでした。コンクール西関東支部大会の配信で伊奈学園総合高校の自由曲を聴いた時、2013年の編曲とは違う曲が盛り込まれて再構成されていた新版の森田さん編曲版だと知って感動と悲しみが入り混じった感情になったことをよく覚えています。オン・マイ・オウン が映画版のサウンドトラックそのままの形で入っていることと、原調から1音下げたＧ－ｄｕｒ→Ｂ－ｄｕｒの ワン・デイ・モア で終わるカットはこの2曲が好きな自分にとってはとても嬉しい新編曲で、この編曲版が出版されていないことが残念に思うほどの名編曲だと思います。
幻想的な 幼いコゼット《0:00～》で始まり、重厚さが増してよりパワフルな印象となった プロローグ《0:31～》から、序奏をカットしてアグレッシブさが加わった 一日の終わりに《1:00～》と繋がっていきます。美しいフルートとチェレスタによる序奏に導かれた魅力的なアルトサクソフォーンソロで始まる名ナンバー オン・マイ・オウン《2:07～》は、私がたまらなく好きな2:47の転調する部分が入っていて歌心溢れる演奏と相まってエポニーヌの心情を見事に表現しています。最後の弱奏を繊細な響きで美しく聴かせた後、突然の警笛から 最後の戦い《4:20～》が雄大なサウンドで繰り広げられていき、天から降ってくるような美しい序奏で ワン・デイ・モア《5:46～》に繋がっていきます。歌詞を歌うような変幻自在の表情力で華やかな圧巻のサウンドがホールに響き渡り、美しいＢ－ｄｕｒのハーモニーで鮮やかに曲が終わります。
あとがき
いかがでしたでしょうか。シェーンベルク作曲「レ・ミゼラブル」のコンクールでの名演をご紹介しました。
オペラとはまた違う、親しみが感じられるようなミュージカルナンバーの魅力を体験することができるミュージカル作品はこれからもたくさんの団体によって演奏されていくことと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。
塚本 啓理（つかもと けいすけ）
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。
