皆さま、こんにちは。
前回の記事では、”吹奏楽をきっかけに認知をされた作品”をテーマに「メジャー・バーバラ」の名演をご紹介しました。今回はその作曲家であるウィリアム・ウォルトンをテーマにして、彼の残した映画音楽のいくつかを吹奏楽コンクールでの名演を通してご紹介します。
イギリスの作曲家であるウィリアム・ウォルトンのクラシック界で有名な作品としては、戴冠行進曲「王冠」(クラウン・インペリアル) が挙げられるのではないかと思います。私がウォルトンの曲の中で実際に演奏したことがある唯一の曲で、原曲のオーケストラ版と吹奏楽編曲版を演奏しました。いずれも演奏会のオープニングの曲となっていたため、曲調や曲の長さがオープニングにちょうど良いことも演奏機会が多い理由かもしれません。
ウォルトンは1934年に初めての映画音楽を作曲し、それ以後に手がけた映画作品は14作にのぼりますが、その中でもローレンス・オリヴィエの制作・監督・主演によるシェイクスピア3部作は傑作とされています。前回の記事でご紹介した「メジャー・バーバラ」の他にも、シェイクスピア3部作などの作品が吹奏楽コンクール全国大会で演奏されていますので、全国大会に登場した順番でご紹介していきましょう。
「ヘンリー五世」
組曲「ヘンリー五世」より
Ⅰ. 序曲「グローヴ座」 Ⅲ. 突撃と戦闘 (アジンクールの戦い) Ⅴ. アジンクールの歌
作曲:W.ウォルトン 編曲:佐藤 正人
全日本吹奏楽コンクール
1994年(第42回大会) 金賞
演奏:川越市立野田中学校吹奏楽部
指揮:佐藤 正人
百年戦争の中盤に劇的勝利を収めたイングランド王ヘンリー五世を主人公とする、シェイクスピアの史劇「ヘンリー五世」の映画化作品で、「シェイクスピア3部作」の第1作になります。この映画音楽から、ミューア・マシーソンが作曲者の承認を得て編曲した演奏会用組曲を、当時川越市立野田中学校吹奏楽部の指揮者だった佐藤正人さんが編曲した吹奏楽編曲版での演奏になります。
木管楽器の充実したG-durのハーモニーで Ⅰ.序曲「グローヴ座」《0:00~》が始まり、鮮やかなフルートソロを経て金管楽器の音圧に溢れた重厚なファンファーレが圧巻です。特定の楽器だけが強い訳ではない金管セクション全体の中学生離れしたレベルの高さは今の中学生の全国大会でもなかなか聴くことができないもので、ウォルトンの曲にぴったりの音色感です。0:37からのルネサンス風舞曲も雰囲気があってリズム感がよく、ピッコロトランペットが高らかに響きます。不穏な空気になって Ⅲ.突撃と戦闘《1:37~》が始まり、ホルンセクションを中心とした充実の中低音と木管楽器の速いパッセージに耳を奪われます。組曲版にはないアジンクールの戦い《3:09~》で雄大なトゥッティサウンドを堪能して、Ⅴ.アジンクールの歌《4:07~》終盤のファンファーレが圧倒的なサウンドで響き渡って曲が終わります。
「ハムレット」
映画音楽「ハムレット」より
Ⅱ. ファンファーレ Ⅴ. クエスチョン Ⅵ. マウストラップ(役者たち、廷臣の入場) Ⅺ. フィナーレ(葬送行進曲)
作曲:W.ウォルトン 編曲:木村 吉宏
全日本吹奏楽コンクール
1995年(第43回大会) 金賞
演奏:近畿大学吹奏楽部
指揮:野田 和人
デンマーク王子のハムレットが、父である王を毒殺して王位に就き母を妃とした叔父に復讐する物語であるシェイクスピアの悲劇「ハムレット」の映画化作品で、「シェイクスピア3部作」の第2作になります。この映画音楽から、クリストファー・パーマーが編曲した演奏会用組曲を、木村吉宏さんが編曲した吹奏楽編曲版での演奏になり、近畿大学が全国大会で初演しました。
打楽器のロールから、金管セクションのパワフルで輝かしい音色ながらもノーブルさを失わないウォルトンらしいサウンドで Ⅱ.ファンファーレ《0:00~》が響き渡ります。思い悩む様子を表現しながらも高い技術力とアンサンブル力が際立っている Ⅴ.クエスチョン《1:05~》で圧倒された後、ピッコロ・エスクラリネットの高音域が旅役者のおどけた音楽にぴったりの Ⅵ.マウストラップ(役者たち)《3:12~》を経て、木管楽器の付点のリズムがバッチリ決まっている Ⅵ.マウストラップ(廷臣の入場)《3:33~》ではアンサンブルの完成度の高さが素晴らしいです。ここからがらっと雰囲気を変えて始まる Ⅺ.フィナーレ(葬送行進曲)《4:17~》では木管楽器中心の表現力の高さが存分に感じられる感情的な面と技術力の高さが見事に融合していて、緊張感のあるディミニュエンドで曲が終わります。
「お気に召すまま」
「お気に召すまま」より
Ⅰ. プレリュード Ⅲ. 緑の森の木の下で Ⅳ. 噴水 Ⅴ. 婚礼の行列
作曲:W.ウォルトン 編曲:木村 吉宏
全日本吹奏楽コンクール
1997年(第45回大会) 金賞
演奏:近畿大学吹奏楽部
指揮:松原 嘉昭
シェイクスピアの喜劇で、アーデンの森に迷い込んだ4人の男女が織りなす恋愛牧歌劇である「お気に召すまま」の映画化作品です。この映画音楽から、クリストファー・パーマーが編曲した演奏会用組曲を、木村吉宏さんが編曲した吹奏楽編曲版での演奏になり、近畿大学が全国大会で初演しました。
テューバの軽快なリズムやホルンセクションの大活躍が印象的な Ⅰ. プレリュード《0:00~》は吹奏楽では意外と難しいC-durで始まりシャープ系の調に転調する難しい曲のはずなのですが、そんなことが気にならないぐらい安定感のある軽快な演奏が素晴らしいです。フルートやオーボエなどの木管楽器の鳥の声にハープが美しく絡んでいった後に、g-mollで Ⅲ.緑の森の木の下で《2:29~》が始まります。オーケストラ原曲ではソプラノ独唱のメロディをソプラノリコーダーとトランペットソロで演奏していますが、木陰を思わせる幻想的な雰囲気を醸し出していて見事な編曲だと思います。美しいメロディがハープの音色の美しさと相まって安らげる空気感の曲です。クラリネットから始まる Ⅳ. 噴水《4:29~》ではクラリネットのデュオがとても美しい音色で、フルート・オーボエ・ホルンの美しい音色のソロにも耳を奪われます。5:19から少しずつ活気が生まれていって金管楽器の輝かしいサウンドを聴かせてから Ⅴ.婚礼の行列《6:09~》に突入します。6:10のテューバの粒立ちの良いパッセージが真っ先に耳に飛び込んできますが、6:19のエスクラリネットとピッコロの高音域のパッセージが可愛らしくも音程バッチリで決まっていき、再びC-durの華やかで安定感のあるサウンドがホールに響き渡って最後は重厚に曲が終わります。
「リチャード三世」
「リチャード三世」より
Ⅱ. 戴冠式 Ⅺ. ボスワースの戦場 Ⅵ. 悲歌 Ⅹ. リチャードの死、そして終幕
作曲:W.ウォルトン 編曲:瀬尾 宗利
全日本吹奏楽コンクール
2000年(第48回大会) 銀賞
演奏:近畿大学吹奏楽部
指揮:大西 道一
シェイクスピアの史劇では性格が残忍・卑屈で、容姿が醜く、悪人として描かれている「リチャード三世」の映画化作品で、「シェイクスピア3部作」の第3作になります。この映画音楽から、クリストファー・パーマーが編曲した演奏会用組曲を、瀬尾宗利さんが編曲した吹奏楽編曲版での演奏になり、2000年の近畿大学が全国大会での唯一の演奏になります。
金管楽器の高音域まで駆け上がる Ⅱ.戴冠式《0:00~》の高らかなファンファーレで始まり、いきなり Ⅺ.ボスワースの戦場《0:30~》に突入します。戦いを思わせる音楽をそつなくこなしていく技術力の高さが印象的で、打楽器が音楽的に良いアクセントになっています。戦いが収まると、オーケストラ原曲ではオルガン独奏で演奏される Ⅵ.悲歌《2:07~》のメロディがイングリッシュホルンから始まり、オーボエやクラリネットなどの木管楽器によって嘆きが表現されていきます。金管中音域の響きによるハーモニーで収束した後、ティンパニに導かれて Ⅹ.リチャードの死、そして終幕《3:55~》が始まり、希望が生まれてくるようにクレシェンドした後にこの曲で最も感動的な5:20からのメロディがトゥッティで雄大に奏でられていき、輝かしいB-durのハーモニーで曲が終わります。
技術力の高さは充分にあるのですが、音楽的には比較的あっさりだったことと名門の近畿大学にしては細かいミスが目立ってしまったのが銀賞だった理由になるのでしょうか。個人的には選曲とカットの構成が素晴らしくて記憶に残っている演奏です。
「リチャード三世」(番外編)
「リチャード三世」~シェイクスピア・シナリオによる~
Ⅱ. 戴冠式 Ⅰ. 前奏曲 Ⅵ. 悲歌 Ⅴ. ウェールズの王子 Ⅺ. ボスワースの戦場 Ⅹ. リチャードの死、そして終幕
作曲:W.ウォルトン 編曲:瀬尾 宗利
西関東吹奏楽コンクール
2001年(第7回大会) 金賞
演奏:狭山ヶ丘高等学校吹奏楽部
指揮:佐々木 隆信
「リチャード三世」が全国大会で演奏されたのは2000年の近畿大学のみなのですが、この翌年の2001年に西関東支部大会での狭山ヶ丘高校の演奏がこの曲の魅力が伝わる素晴らしい演奏だと思いましたので、番外編としてご紹介します。
Ⅱ.戴冠式《0:00~》の鮮やかなファンファーレでCとGの5度音程がバッチリ決まり、そのまま Ⅰ.前奏曲《0:13~》に進んで幕を開けます。ホルンやトランペットのパッセージや木管楽器のテヌート奏法が印象的に決まり、0:52からの美しいメロディがノーブルに演奏されていきます。メロディがだんだん収束していってEs-durのハーモニーに収まった後、Ⅵ.悲歌《2:03~》のメロディが強い嘆きのように表情豊かに歌い込まれていき、Ⅴ.ウェールズの王子《3:26~》につながっていきます。この部分のオーケストラ原曲はハープシコード独奏なのですが、オーボエとハープのデュオからメロディが木管楽器に受け継がれていく編曲が大変見事で魅力的です。ここから突然 Ⅺ.ボスワースの戦場《4:22~》に突入し、金管楽器中心のパワフルなサウンドで突き進んでいきます。戦いが収束していった後に、ティンパニに導かれて Ⅹ.リチャードの死、そして終幕《5:52~》が始まり、6:32からの感動的なメロディが雄大なトゥッティサウンドで歌い込まれていき、壮大に曲が終わります。
あとがき
いかがでしたでしょうか。ウォルトンが作曲した映画音楽の、コンクールでの名演をご紹介しました。
演奏される機会は少ないですが、どの作品も表情豊かで親しみやすいウォルトンの作風がよく表れていて、もっとたくさんの方々に知ってもらいたいと思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。
塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。