皆さま、こんにちは。
先週末に全日本吹奏楽コンクール中学の部・高校の部が開催され、ご縁があって中学の部前半の第1ブロックを会場で聴くことができました。コンクール全国大会を生で聴くのは11年ぶり、中学の部の全国大会にいたっては21年ぶりと大変久しぶりで変に緊張してしまったのですが、約20年前と比べると中学生の演奏レベルがかなり上がっており、中学生らしい素直な音楽も垣間見えて幸せな時間を過ごしました。R.W.スミスの作品を演奏した2校は両校とも全国大会初出場での金賞受賞となり、改めてR.W.スミスの作品の魅力を再確認することができましたので、今回も前回に引き続き作曲家のR.W.スミスをテーマにして、吹奏楽コンクール全国大会の自由曲として演奏されたことのある作品を、コンクールでの名演を通してご紹介します。

プロフィール
ロバート・ウィンストン・スミスはアメリカ合衆国の作曲家・編曲家で、吹奏楽や映画音楽のジャンルの作曲家として知られています。アラバマ州に生まれ、トロイ州立大学ではマーチングバンドで首席トランペット奏者を務める傍ら、ポール・ヨーダーに作曲を師事しました。卒業後はフロリダ州に移り、マイアミ大学で音楽修士号を取得し、この時期に作曲をアルフレッド・リードに師事しています。その後はトロイ州に戻り、トロイ州立大学のバンドディレクターに就任し、音楽産業プログラムの教授を務めながらマーチングバンドで指揮を行うとともに、多くの楽曲を作曲しました。ワーナー・ブラザース出版社の編集者を歴任し、バーンハウス社およびそのCDレーベルであるウォーキング・フロッグ・レコードの商品開発担当副社長を務めました。
ダンテの「神曲」より 地獄篇
ダンテの「神曲」より 地獄篇
作曲:R.W.スミス
全日本吹奏楽コンクール
1996年(第44回大会) 銀賞
演奏:東海大学第一高等学校吹奏楽部
指揮:榊原 達
イタリアの詩人ダンテが書いた古典文学「神曲」を題材にして作曲された作品で、1994年に第3楽章「昇天」、1995年に第1楽章「地獄篇」がアメリカのBelwin社から出版されました。その後、1996年に第4楽章「天国篇」、1997年に第2楽章「煉獄篇」が出版され、4つの楽章で構成される 交響曲第1番「神曲」として完成したという経緯がある作品です。
R.W.スミスの曲が全国大会に初めて登場したのが1996年の ダンテの「神曲」より 地獄篇 で、東海大学第一高校が全国大会で初演しました。東海大学第一高校は全国大会に出場した16回の中でオーケストラ作品の編曲版を自由曲に選んだのが2回のみ、あとは全て吹奏楽オリジナルの作品でその多くが知られざる作品を選んでおり、1996年から3年連続でR.W.スミスの曲を演奏したことによってR.W.スミスの曲が広く知られるきっかけとなったと思います。
冒頭の怪しいオーボエソロからティンパニソロを経てトゥッティサウンドが大爆発し、一気に曲の世界に引き込まれます。R.W.スミス特有のリズミックな部分がかっこよく、海外オリジナル作品の良さを感じることができます。鎖や足踏みの音が入り、足かせの鎖を引きずる亡者の行進がなんとも言えない地獄の辛さを表現しているようです。人間の叫び声も入り、トランペットソロが高らかに響き渡るとスピードアップして駆け抜けていき、冒頭のトゥッティサウンドが再び現れた後にとてつもなく激しい雷鳴によって曲が終わります。
伝説のアイルランド
伝説のアイルランド
作曲:R.W.スミス
全日本吹奏楽コンクール
1997年(第45回大会) 金賞
演奏:東海大学第一高等学校吹奏楽部
指揮:榊原 達
伝説のアイルランド は、1996年3月にイースト・テネシー州立大学ウィンドアンサンブルのアイルランド演奏旅行のために委嘱され、アイルランドの豊かな歴史と伝承を題材に、3つの城とそこにまつわる人物や出来事を題材とし、民族色あふれる旋律とスケールの大きなサウンドで構成された作品です。
1997年、東海大学第一高校は前年に引き続いてのR.W.スミス作品である 伝説のアイルランド を演奏し、同校にとって12年ぶりの全国大会金賞受賞となりました。
冒頭から昔の奴隷の鎖の音が鳴り響き、奴隷達の重苦しい行進で曲が始まります。アイルランドの太鼓であるバウロンのリズムにのってオーボエソロの軽快な行進曲が始まり、フルートも加わって民族色豊かな音楽が繰り広げられていきます。2:19からはピッコロ・フルートセクションで民謡のメロディが切なくも美しく奏でられ、静寂による神聖な空気感を感じられます。3:19からのアルトサクソフォーンソロは自発的な音楽表現が圧巻で、サクソフォーンという楽器の魅力も同時に堪能することができます。4:25からテンポが上がりリズミックで快活な音楽が始まり、4:50からティンホイッスル指定の部分ではスタンドプレイでのリコーダー6本が鳴り響き、アイルランドの民族色がより濃くなっていきます。冒頭の奴隷達の行進が再び現れて、金管楽器のフラッターとチャイム・ティンパニの連打で盛り上がって大団円で曲が終わります。
この曲全体で一貫して大切なリズムを司る打楽器セクションの仕事ぶりが大変素晴らしく、高校生時代にビデオで打楽器パートの友達と映像を見ながら演奏を褒め称えていたことが懐かしく思い出されます。
アフリカの儀式と歌、宗教的典礼
アフリカの儀式と歌、宗教的典礼
作曲:R.W.スミス
全日本吹奏楽コンクール
2004年(第52回大会) 金賞
演奏:柏市立柏高等学校吹奏楽部
指揮:石田 修一
アフリカの儀式と歌、宗教的典礼 は、イリノイ州のニュー・トライアー高校バンドの委嘱で作曲され、バンドディレクターのジョン・トンプソンに捧げられました。曲は西アフリカの民謡を元に作曲され、打楽器が重要なパートを占めています。
1998年に「海の男達の歌」で大変印象的な名演を残した柏市立柏高校が、2004年の自由曲に選んだR.W.スミス作品が アフリカの儀式と歌、宗教的典礼 でした。この曲の全国大会初演にして、現在まで唯一の全国大会での演奏となっています。
冒頭のエレキベースを伴ったトゥッティサウンドが相当に凄まじく、私はこの演奏を生で聴いていましたが会場の普門館が音圧で揺れたのかと感じるぐらい衝撃的だったことが今でも記憶に残っています。アフリカのリズムを刻む打楽器に導かれたバリトンサクソフォーンのアドリブソロも凄まじい印象が残っていて、一気にアフリカの地にワープしてきたような感覚に陥ります。各セクションが圧倒的な演奏を繰り広げていき、静かになって動物たちの鳴き声があちこちから聴こえてきます。フルート・ファゴット・バスクラリネット・クラリネットのパッセージが重なっていき、ジャングルでの光景が目に浮かぶような臨場感を味わうことができます。打楽器の強烈なリズムからホルンが吠え、重厚なメロディと動物の鳴き声が折り重なっていってスピードアップした後のアルトサクソフォーンのアドリブソロから一気にボルテージが上がり、叫び声よりも更に凄まじい冒頭のトゥッティサウンドが再び爆発し、最高潮のテンションのまま曲が終わります。
プロミシング・スカイ(番外編)
プロミシング・スカイ
作曲:R.W.スミス
近畿大学附属高校・生駒中学校・梅香中学校 Winter Concert 2024
演奏:大阪市立梅香中学校吹奏楽部
指揮:呉 龍寿
プロミシング・スカイ は、ニューオーリンズのアメリカ海兵隊バンドからの委嘱で、2005年8月下旬にアメリカ南東部を襲った大型ハリケーン「カトリーナ」に於いて特に被害の大きかったルイジアナ州ニューオーリンズ市を題材に、ニューオリンズの名物であるジャズを中心にこの悲劇からの復興を期待して作曲されました。ニューオーリンズ出身の名ジャズトランペット奏者、ルイ・アームストロングをイメージして書かれている冒頭のトランペットソロや、トロンボーン、テューバ、ドラムセットで形成されるニューオーリンズ・ジャズ(ディキシーランド・ジャズ)のジャズ・コンボなどからも分かるように、日本で演奏されるR.W.スミスの作品の中では珍しくほぼ全編がジャズの曲で、グレード5に位置づけられています。
今年の全国大会で演奏される曲を眺めていた時、関西支部から初出場となった大阪市立梅香中学校がR.W.スミスの プロミシング・スカイ を演奏することを知りましたが、私はこの曲を聴いたことがなかったため新鮮な状態で聴きたいと思い全国大会で初めて聴くのを楽しみにしていました。梅香中学校の演奏は32名という編成の長所を最大限生かした大変素晴らしい演奏で、曲の良さも相まって前半第1ブロックの中では私の中で最も印象に残った演奏でしたので、こちらでご紹介しようと思います。全国大会の演奏ではありませんが、近畿大学附属高校・生駒中学校・梅香中学校が出演した Winter Concert 2024 での梅香中学校の演奏で、今年のコンクールとほぼ同じカットでの演奏となっています。
スタンドプレイで演奏される各ソロ全てが素晴らしいのですが、特にテューバは課題曲Ⅰでのソロと別人かと思うぐらいの音楽に合わせた吹き分けが大変見事でした。ジャズの曲をコンクールで演奏すると勢いとノリだけの演奏になってしまうことも多い中で、スタンドプレイでの演奏が視覚的な演出だけでなく立奏で無理に大きく吹かないことで音色を損なわないようにするためのものでもあったり、各声部のバランスの取り方も徹底されていて特にドラムセットは全体のバランスを壊さないギリギリのラインでジャズのノリと音色を出せていることに大変感動しました。
この演奏には入っておりませんが、フィンガー・スナップやボディ・クラップなどで雨音を、サンダー・シートと呼ばれる打楽器で落雷を表現する部分もあってR.W.スミスらしさを存分に味わえるので、今後コンクールだけでなくコンサートでも演奏されていってほしい曲だと思います。
あとがき
いかがでしたでしょうか。吹奏楽コンクール全国大会の自由曲として演奏されたことのあるR.W.スミスの作品を、全国大会での名演を中心にご紹介しました。
近年ではアマチュアの演奏会のプログラムでもR.W.スミスの作品を見る機会がほとんどなくなってしまったと感じておりますが、また再びR.W.スミスの魅力的な作品たちが聴けることを願っております。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。

塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。