皆さま、こんにちは。
10月になって朝晩が秋らしい気温になりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
先月の9月28日をもって今年度の吹奏楽コンクールの支部大会が終わり、全日本吹奏楽コンクールに出場する団体が決定しました。今年の全国大会ではどのような曲が演奏されるのだろうと曲目を眺めていると、中学校の部でR.W.スミスの曲を演奏する学校が2校あることを知りました。R.W.スミスの曲が全国大会で演奏されるのは6年ぶりで、2団体以上が演奏するのは1999年以来26年ぶり!という事実に驚いたのですが、そういえば私が中学生の時代にR.W.スミスの曲が流行っていてよく演奏されていたなあと大変懐かしい気持ちになりましたので、今回は作曲家のR.W.スミスをテーマにして、コンクールで特によく演奏されていた 海の男達の歌 を吹奏楽コンクールでの名演を交えながらご紹介します。

INDEX
海の男達の歌(船乗りと海の歌)
「海の男達の歌」は、1996年にアメリカ海軍軍楽隊の委嘱により作曲され、同年12月のミッドウェスト・バンド・クリニックでアメリカ海軍軍楽隊によって初演されました。英題の「Song of Sailor and Sea」を直訳すると「船乗りと海の歌」になりますが、なぜか日本では「海の男達の歌」という訳の曲名で広く知られていますので、今回は私が聞き馴染みのある「海の男達の歌」の訳でご紹介しようと思います。この曲は、Sea Chanty(船乗りの歌)、Whale Song(クジラの歌)、Racing the Yankee Clipper(ヤンキークリッパーの航海)の3部構成でできており、押し寄せる荒々しい波や神秘的な深みと静けさの海の様子、海とともに生き、挑戦し続ける勇敢な船乗り達の姿を曲全体を通して描いています。
柏市立柏高等学校 (1998年)
海の男達の歌
作曲:R.W.スミス
全日本吹奏楽コンクール
1998年(第46回大会) 金賞
演奏:柏市立柏高等学校吹奏楽部
指揮:石田 修一
「海の男達の歌」が全国大会で初演されたのは1998年で、この年に4団体が演奏したのですが、その中の1つが東関東支部を代表する名門校の柏市立柏高校です。この柏市立柏高校が大変印象に残る演奏だったため、「海の男達の歌」をこの演奏で知ったという方も多いのではないでしょうか。私としては高校時代にマーチングでこの曲を演奏し、参考のためにこの演奏を聴き込んでいたことが懐かしく思い出されます。
曲が始まるやいなや、カモメの鳴き声が響き渡り、映像を見るとほぼ全てが人の声によるものだと分かります。冒頭のトランペットパートをフリューゲルホルンのデュオに置き換えることでホルンパートとの一体感が増し、海沿いの港の情景が目に浮かぶような臨場感で一気に曲の世界に惹き込まれます。中間部の Whale Song でも打楽器によるクジラの鳴き声以外に人の声と思われる鳴き声が響き渡り、オリジナルのオーボエソロから置き換えられたアルトサクソフォーンソロが優雅に奏でられ、原曲に加えられた波の音や3:23から新たにオーケストレーションされたホルン・フルート・クラリネットの対旋律が美しく響きます。4:22で海の生き物の鳴き声を想像させるホルンの咆哮とティンパニのロールによる原曲に加えられた移行部分から Racing the Yankee Clipper に突入し、爽快なスピード感を伴って駆け抜けていきます。演奏効果が強調された演奏でそこだけに耳がいきがちですが、しっかりとした低音の支えに裏付けられた見事なトゥッティサウンドと個々の確かな技術力があっての見事な演奏だと言えるでしょう。
土気シビックウインドオーケストラ (1998年)
海の男達の歌
作曲:R.W.スミス
全日本吹奏楽コンクール
1998年(第46回大会) 金賞
演奏:土気シビックウインドオーケストラ
指揮:加養 浩幸
東関東支部を代表する千葉県の一般バンドである 土気シビックウインドオーケストラ は、アマチュアの吹奏楽界では初の試みとしてスタートしたセッションレコーディングによるオリジナルCD制作が20年以上も続いているなど、大変意欲的な活動を行っています。このオリジナルCDの第3作目のタイトルが「海の男達の歌」で、この曲が広く知られる1つのきっかけになったと思います。
冒頭のオーシャンドラムによる波の音から、トランペットとホルン各1本ずつによるデュオが朗々と響き渡ります。さすが一般バンドと思わせる大人数による雄大なトゥッティサウンドと確かな音楽性が光ります。Whale Song ではオリジナルのオーボエソロから置き換えられたアルトサクソフォーンソロがピアノパートに加えられたハープと共に神秘的に響き、新たにオーケストレーションされた対旋律が加わって深海の幻想的な情景が目に浮かぶようです。ティンパニとスネアドラムのロールによる原曲に加えられた移行部分から Racing the Yankee Clipper が重厚に始まり、圧倒的な安定感で最後まで突き進んでいき曲が終わります。
富山ミナミ吹奏楽団 (1999年)
海の男達の歌
作曲:R.W.スミス
全日本吹奏楽コンクール
1999年(第47回大会) 金賞
演奏:富山ミナミ吹奏楽団
指揮:牧野 誠
1999年の全国大会では4団体が「海の男達の歌」を演奏したのですが、この中の2団体が全国大会初出場での金賞受賞となり、どちらも北陸支部の代表団体でした。今回は、一般バンドの富山ミナミ吹奏楽団の演奏をご紹介します。
冒頭のオーシャンドラムによる波の音に導かれ、トランペットセクションとホルンセクションによる演奏で雄大に曲が始まり、全曲を通して正統派な音楽性とひたむきな演奏が心に響きます。Whale Song ではオーボエソロがピアノパートとともに切なく奏でられ、4:21からは置き換えられたアルトサクソフォーンソロと新たにオーケストレーションされたホルン・フルート・クラリネットの対旋律が音楽に広がりをもたらす構成になっています。Racing the Yankee Clipper 冒頭のホルンセクションのソリが勇ましく響き、勇敢な海の男達の豪快さが伝わってくるような演奏だと思います。
東京佼成ウインドオーケストラ(番外編)
海の男達の歌(船乗りと海の歌)
作曲:R.W.スミス
演奏:東京佼成ウインドオーケストラ
指揮:藤岡 幸夫
吹奏楽コンクールでの演奏をご紹介してきましたが、振り返ってみると意外にも原曲通りの楽譜の演奏がほとんどないことに気がつきました。オーケストレーションが加えられる Whale Song のオーボエソロはオーボエという楽器にとっては音を綺麗に出すのが難しい音域だと思われたり、ピアノパートとクラリネットセクションと打楽器セクションだけの伴奏だとオーケストレーションが薄くて恐怖であろうこと、カットされてしまう Racing the Yankee Clipper 冒頭のホルンセクションのソリは音が外れやすい危険があると思われるので、これはコンクールということを考えると分からないでもありません。しかし、原曲のオーケストレーションとソロ楽器でしか味わえないこの曲の魅力は間違いなくありますので、原曲通りである東京佼成ウインドオーケストラの演奏をご紹介しておきます。
私がレコーディングに参加させていただいている演奏ですが、冒頭0:15のトランペット本間さんとホルン堀さんの見事なデュオ、そして4:35からの Whale Song でのオーボエ宮村さんの攻めの表現で甘く切ないソロは、レコーディングでの光景が今でも思い出せるほど素晴らしく、この演奏で「海の男達の歌」の本来の魅力も知ってもらいたいという気持ちがあります。
あとがき
いかがでしたでしょうか。R.W.スミス作曲、「海の男達の歌」を、全国大会での名演を通してご紹介しました。
次回は、コンクールの自由曲で演奏されたことがあるR.W.スミスの作品を、全国大会での名演を通してご紹介しようと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。

塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。