【吹奏楽ナビ】#71 作曲家 兼田 敏①

  • LINEで送る

皆さま、こんにちは。

9月になっても猛暑が続く毎日ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

2025年がメモリアルイヤーとなる作曲家を調べていたところ、兼田敏さんがこの9月で生誕90年を迎えられることを知りました。日本の吹奏楽の礎を築き、戦後日本の吹奏楽の発展に大きな貢献を果たした偉大な作・編曲家です。今回は、兼田敏さんが作曲した全日本吹奏楽コンクールの課題曲を、コンクールでの名演を通してご紹介します。

プロフィール

兼田敏さんの経歴ですが、京都市立上京中学校、京都市立堀川高等学校音楽課程を経て、東京藝術大学の作曲科を卒業されています。藝大の同期には保科洋さんがおり、二人は生涯の親友となりました。藝大在学中の1956年に第25回毎日音楽コンクール作曲・室内楽部門第2位、翌年の第26回毎日音楽コンクール作曲・管弦楽部門第1位を受賞するなど早くから作曲家として活躍されており、岐阜大学教授、愛知県立芸術大学教授、岐阜大学大学院教授などを歴任されました。

1964年 バンドのための楽章「若人の歌」

課題曲(他部門):バンドのための楽章「若人の歌」
作曲:兼田 敏


全日本吹奏楽コンクール
1964年(第12回大会) 第1位
演奏:天理高等学校吹奏楽部
指揮:矢野 清

バンドのための楽章「若人の歌」は、1964年度全日本吹奏楽コンクールの課題曲として全日本吹奏楽連盟より委嘱を受けて作曲されました。これまでの課題曲は全てマーチでしたが、この曲は戦後の吹奏楽コンクールで初めて「マーチ以外のオリジナル曲」として委嘱されました。この曲は最初中学の部の課題曲として委嘱されたそうで、音楽的内容や表現、演奏技術も中学生を想定して作曲されたそうですが、出来上がった曲を見た吹奏楽連盟の「中学生には難し過ぎる」という判断で、高校以上の部の課題曲に変更されたという経緯があります。

曲は緩-急-緩-急の部分に分かれていて、中学生を想定して作曲されたことがよく分かるシンプルな内容でありながらも、アメリカの作曲家ガーシュウィンのようなコミカルな部分もあって音楽的な学びも多い課題曲になっていると思います。天理高校の演奏は緩と急の部分の描き分けが素晴らしく、スケールが大きくて貫禄のある王者の演奏になっています。

1967年 バンドのためのディヴェルティメント

課題曲(他部門):バンドのためのディヴェルティメント
作曲:兼田 敏


全日本吹奏楽コンクール
1967年(第15回大会) 第1位
演奏:福岡電波高等学校吹奏楽部
指揮:尾木 恒雄

バンドのためのディヴェルティメントは、1967年度全日本吹奏楽コンクールの高校以上の部の課題曲として全日本吹奏楽連盟より委嘱を受けて作曲されました。曲は第1楽章「トッカータ」、第2楽章「コラール」、第3楽章「フーガ」の3つの部分で構成されており、それぞれの楽章は切れ目なく演奏されます。コンクールの課題曲らしく、音楽的にも技術的にも変化のある内容になっています。

福岡電波高校の演奏は、軽快かつ勢いのある「トッカータ」、深淵なコラールと速い動きのカデンツァとの対比が見事な「コラール」、緻密に計算された躍動感溢れるフーガが展開されていく「フーガ」の3つの部分の描き分けが素晴らしく、高校の部の第1位に輝きました。

1973年 吹奏楽のための寓話

課題曲(中学):吹奏楽のための寓話
作曲:兼田 敏


全日本吹奏楽コンクール
1973年(第21回大会) 金賞
演奏:出雲市立第一中学校吹奏楽部
指揮:渡部 修明

吹奏楽のための寓話は、1973年度全日本吹奏楽コンクールの中学の部の課題曲として全日本吹奏楽連盟より委嘱を受けて作曲されました。作曲者は「コンクールにむけた長い練習のために、明解で、しかも楽しい曲をと考えて作曲した。」と述べており、親しみやすいメロディとシンプルな構成でありながらもしっかりとした技術力を必要とする課題曲らしい曲になっています。

出雲市立第一中学校の演奏は、強豪校ならではの貫禄のある見事な演奏と中学生らしい素直な音楽表現が合わさった素晴らしい演奏になっています。

1986年 嗚呼!

課題曲:嗚呼!
作曲:兼田 敏


全日本吹奏楽コンクール
1986年(第34回大会) 金賞
演奏:静岡県立浜松商業高等学校吹奏楽部
指揮:遠山 詠一

嗚呼!は、1986年度全日本吹奏楽コンクールの課題曲として全日本吹奏楽連盟より委嘱を受けて作曲されました。委嘱にあたり、演奏技術は平易で演奏者に内的な思いや精神に向かう急進的な問題を投げかけたいと思いながら想を練って葬送行進曲に思い至った兼田敏さんは、それならばかねてから「お互いの葬送行進曲を書く」という親友の保科洋さんとの約束を果たそうと思い、この委嘱に便乗して特別に「嗚呼!保科洋君!」と表記したスコアを渡して約束を果たしたというエピソードがあります。作曲当初のプログラムノートには「思いつくままに言葉を並べると…悲壮、懸命、告別、悲願、決意、自戒、挫折、悔恨、哀惜、彷徨、混沌…その他もろもろといった具合に何だか判らなくなってしまう。」と書いてあり、作曲者自身の心の奥に潜む何とも言いがたい感情といったものが表現されている作品です。

静岡県立浜松商業高校の演奏は、この作品に真っ当に取り組んだ様々な感情が見える演奏で、バンドのサウンドの重厚さとパワフルな音圧が大変魅力的な演奏になっています。

少し余談になりますが、私は 嗚呼! が収録されている東京佼成ウインドオーケストラのCDのレコーディングに参加しておりました。この作品を演奏するのはこの時が初めてで、他に収録された作品とは一味違う独特な緊張感の中で演奏したことを覚えているのですが、コンクールでの演奏よりもだいぶゆっくりなテンポでプロならではの濃密な表現での演奏を録ってもらうことができたと思っています。
こちらが「吹奏楽燦選」シリーズの第3弾に収録されている、藤岡幸夫さん指揮、東京佼成ウインドオーケストラの演奏です。

あとがき

いかがでしたでしょうか。兼田敏さんが作曲した全日本吹奏楽コンクールの課題曲を、全国大会での名演を通してご紹介しました。

次回は、コンクールの自由曲で演奏されたことがある兼田敏さんの作品を、全国大会での名演を通してご紹介しようと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。

wonavi_2023032402

塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。

欲しい楽譜がきっと見つかる!

楽譜のことなら
『株式会社ミュージックエイト』

吹奏楽、金管バンド、器楽、ソロからアンサンブルまで
国内楽譜・輸入楽譜ともに豊富に取り揃えております。

ぜひ一度ご覧ください!


ご購入・お問合わせはこちら