皆さま、こんにちは。
前回は課題曲における委嘱作品についてご紹介しましたが、私が大学生だった頃の課題曲の委嘱作品は現代音楽に分類される曲が多く、過去には朝日作曲賞を受賞した作品が現代音楽だったこともあります。以前の記事でも現代音楽の課題曲作品をご紹介しましたが、今回は以前に紹介しきれなかった作品に委嘱作品なども加えてご紹介します。現代音楽枠であった課題曲Ⅴは2022年度で廃止となってしまい、その後少なくとも今年度までは現代音楽の課題曲は採用されていないので、今年度の課題曲対策としての意義は少ないかもしれませんが、いずれも素晴らしい作品ばかりですのでぜひお楽しみください。

INDEX
1996年 交響的譚詩~吹奏楽のための
課題曲Ⅴ:交響的譚詩~吹奏楽のための
作曲:露木 正登
1996年 課題曲参考演奏
演奏:東京佼成ウインドオーケストラ
指揮:岩村 力
1996年度の課題曲は朝日作曲賞受賞作品である露木正登さんが作曲した 交響的譚詩~吹奏楽のための がⅤ番となり、しかも朝日作曲賞受賞作品が現代音楽の分類というかなり珍しいパターンとなった年でした。この年の他の課題曲は委嘱作品が2曲に公募入選作品が2曲の全5曲で、それぞれに個性豊かな作品で選択肢は狭くなかったにも関わらず課題曲Ⅴを選ぶ団体が多く、全国大会では全部門の約40%(高校の部では65.5%)もの団体がこの曲を演奏しました。
私がこの曲を初めて聴いたのは中学生の時で、「吹奏楽コンクール課題曲集 Vol.7」というCDに入っていた演奏だったのですが、冒頭の木管高音楽器の5連符やトランペット・ホルンのパッセージのかっこよさに惹きつけられたことによって、ほぼ初めて聴いたであろう現代音楽のジャンルに拒否感を示すことがなかったのは後の私の音楽観に多大な影響を与えてくれた作品と言えるでしょう。
動画は東京佼成ウインドオーケストラによる参考演奏です。全国大会での上手な演奏はたくさんあるのですが、プロ団体の演奏のほうがこの作品の全体像が正確に伝わると思います。特に0:19のトランペットの16音符が明確に聴きとれるのは正にプロの業といえるでしょう。
2006年 パルセイション
課題曲Ⅲ:パルセイション
作曲:木下 牧子
全日本吹奏楽コンクール
2006年(第54回大会) 金賞
演奏:大曲吹奏楽団
指揮:小塚 類
吹奏楽のみならず管弦楽、室内楽、合唱曲、歌曲など幅広いジャンルにわたって作品を発表されている木下牧子さんの2作目の課題曲で、パルセイションとは脈拍とか波動、音の振動といった意味になります。題名どおり、終始8分音符の刻みの上に旋律が延々とうねっていく曲なのですが、不思議と無機質な印象を受けず独特の世界観をもった作品になっています。
大曲吹奏楽団の演奏は基本的なバンドのサウンドが硬質でパルスの刻みがはっきりと聴こえながらも荒過ぎるまではいかないバランス感覚の良さが素晴らしく、指揮者の小塚類さんの個性豊かな音楽性がこの作品に更なる魅力を与えており、自由曲も木下牧子さんへの委嘱作品を取り上げたことで12分間の木下牧子ワールドを堪能できる唯一無二の演奏となっています。
2008年 セリオーソ
課題曲Ⅲ:セリオーソ
作曲:浦田 健次郎
全日本吹奏楽コンクール
2008年(第56回大会) 金賞
演奏:土気シビックウインドオーケストラ
指揮:加養 浩幸
「プレリュード」、「マーチ・オーパス・ワン」に続く浦田健次郎さんの3作目の課題曲で、セリオーソ(厳粛に)という題名通りの最初から最後までとてつもない緊張感に包まれる曲です。冒頭のピッコロとバスクラリネットのデュオから張り詰めた緊張感がずっと持続されていきますが、クラリネットセクションの各パート毎の動きの中でのディミニュエンドがとても効果的に響いたりと打楽器を含めた各楽器の音色の使い方がとても素晴らしくて、この年の課題曲の中では演奏時間が一番長い曲だったのにも関わらず多くの団体がこの曲に取り組みました。
土気シビックウインドオーケストラの演奏は一般バンドならではの懐の深いサウンドと音楽性を兼ね備えており、最初から最後まで緊張感を保ちながらもバンド全体の大きなうねりによる音楽に惹き込まれて約5分があっという間に感じられる感銘度の高い演奏となっています。
2012年 香り立つ刹那
課題曲Ⅴ:香り立つ刹那
作曲:長生 淳
全日本吹奏楽コンクール
2012年(第60回大会) 金賞
演奏:埼玉県立伊奈学園総合高等学校吹奏楽部
指揮:宇畑 知樹
「紺碧の波濤」や「トリトン」などで有名な作・編曲家の長生淳さんの課題曲Ⅴで、長生さんの作品の特徴である細かい音符の音数の多さや繊細な作風でありながら、課題曲としてはアゴーギグなどを上手に使って音符以上のものを引き出そうとしないと音楽的に聴こえないという難しい課題も与えられている作品です。
私がこの課題曲を魅力的に聴こえさせるために必要だと考えていることは、ディミニュエンドが最後の音の消える瞬間まで余韻を含めて繊細な表情を醸し出せていること、細かい音符の繋がりが楽器間の移動だけでなく各楽器がブレンドした絶妙な色合いの音色感が表出されていること、基本的には繊細で柔らかい音色感のバンドのサウンドが合う曲だと思われるが鋭角なリズムでのはっきりとした発音も出せることなどで、求めるレベルがかなり高くなってしまうのですが、伊奈学園総合高校の演奏はこれらがバランスよく組み込まれていて長生さんの作品の魅力を伝えてくれる演奏だと思います。
2015年 秘儀III-旋回舞踊のためのヘテロフォニー
課題曲Ⅲ:秘儀III-旋回舞踊のためのヘテロフォニー
作曲:西村 朗
全日本吹奏楽コンクール
2015年(第63回大会) 銀賞
演奏:東京都立片倉高等学校吹奏楽部
指揮:馬場 正英
現代日本を代表する作曲家である西村朗さんの吹奏楽作品としては「秘儀」シリーズが演奏機会が多く一番有名ですが、西村さんが課題曲の委嘱を受けて 秘儀III-旋回舞踊のためのヘテロフォニー が生まれました。「秘儀」のシリーズは、宗教や内容を特定しない秘教的な祭礼の儀式をイメージして作曲されており、秘儀Ⅲは”旋回舞踊のためのヘテロフォニー”という副題を持つ一種の舞曲で、踊り手たちの集団が各自くるくると旋回しながら舞うもので、頭部の速い連続旋回によって一種の集団的トランス(忘我・恍惚)状態となります。ということがフルスコアに書かれています。
この曲の演奏としては、作品の純粋な魅力を引き出すことに重点をおいて楽譜に忠実に演奏することで狂気を見せるというタイプと、祭礼の儀式を想定して集団的なトランス状態を表現するために狂気を含んだアグレッシブな演奏をするというタイプの2つがあると思うのですが、私個人としては宗教的な一面を強く押し出した、バンドとしてトランスした演奏に魅力を感じます。東京都立片倉高校の演奏はバンドとしての一体感が凄まじく、作品の世界観に入り込んだことによる狂気を強く感じる演奏です。
2017年 メタモルフォーゼ〜吹奏楽のために〜
課題曲Ⅴ:メタモルフォーゼ〜吹奏楽のために〜
作曲:川合 清裕
全日本吹奏楽コンクール
2017年(第65回大会) 金賞
演奏:東海大学吹奏楽研究会
指揮:福本 信太郎
川合清裕さんが作曲した課題曲Ⅴ、メタモルフォーゼ〜吹奏楽のために〜 を最初に参考演奏のCDで聴いた時はそこまで印象に残る曲ではなかったのですが、とある地区大会で支部大会金賞レベルの高校の演奏を聴いた時に曲の冒頭で別の世界に誘われたような不思議な感覚に陥り、よく響くホールだったことも影響していたのかもしれませんが大変魅力的に聴こえました。その後支部大会で同じ高校の演奏を聴いたのですがなぜか同じ感覚にはならず、他の支部の全国大会レベルのバンドの演奏を聴いた時もときめく瞬間が訪れないという不思議な体験をした曲として印象に残っています。
この曲の冒頭でpppから始まる繊細な響きが徐々に解放されていってフォルテで花開くという過程が私が好きな部分であり不思議な感覚に陥った部分なのですが、楽譜を忠実に演奏しようとするあまりクレシェンドの幅が大きかったり各楽器がそれぞれにアピールをし過ぎて明瞭に聴こえ過ぎてしまうと私には非常に現実的に聴こえてしまってこの曲の世界に入ることができないという妙なこだわりがあります。東海大学の演奏は冒頭の繊細さに加えて各楽器の32分音符の繋がりが素晴らしく、個人の技量もアンサンブルのレベルも大変高くてこの作品の魅力がよく分かる演奏だと思います。
あとがき
いかがでしたでしょうか。「現代音楽の課題曲」の中で私が印象に残っている作品を6つご紹介しました。
今年度は課題曲に委嘱作品が2曲入ることになり、来年度もその流れが継続されるとのことなので、いつか再び現代音楽の課題曲が入ってほしいと願っております。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。

塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。