皆さま、こんにちは。
前回に引き続き、今年が生誕150年となるモーリス・ラヴェルの作品から、今回は「マ・メール・ロワ」を取り上げます。私のこの曲との出会いからエピソードと共に、吹奏楽コンクール全国大会での中学校の名演をご紹介していきましょう。

「マ・メール・ロワ」
モーリス・ラヴェルの作品である「マ・メール・ロワ」は、17~18世紀の作家の童話である「マザー・グース」を題材にして、子供向けの4手のピアノ連弾組曲として1908年から1910年にかけて作曲されました。この曲はラヴェルが懇意にしていたゴデブスキー家の2人の子供であるジャンとミミーのために作曲し、この姉弟に献呈されています。原曲は「ピアノ連弾版」ですが、ラヴェル自身の手によって「管弦楽組曲版」が1911年に編曲され、その後テアトル・デ・ザールの支配人ジャック・ルーシェの依頼により「バレエ版」が1911年から1912年にかけて編曲されました。
私がこの曲を初めて聴いたのが、中学2年生の時の吹奏楽コンクール全国大会の実況録音版のCDに入っていた中学校の演奏でした。この演奏が「バレエ版」からの吹奏楽編曲版であったことと、私が最初に聴いたオーケストラのCDがシャルル・デュトワ指揮のモントリオール交響楽団による「バレエ版」の全曲版だったという偶然が重なって、原曲にはない間奏の部分にラヴェルの魅力を感じてこの曲が大好きになるという少し珍しいきっかけになりました。
余談になりますが、昨年にシャルル・デュトワさんが指揮をする演奏会に出演する機会に恵まれました。この演奏会のプログラムに「マ・メール・ロワ」の管弦楽組曲版が入っていて、私はこの曲が降り番だったためゲネプロを客席で聴くことができたのですが、あまり響かないホールだったことに加えて音量が大きい訳でもないのに繊細な響きがホールに充満していくというとても貴重な体験をすることができました。そして、Ⅴ. 妖精の園 の冒頭の弦楽器の音を出す瞬間のピアニシモの音色に徹底的にこだわって厳しく要求するデュトワさんの指揮から紡ぎだされた極上のピアニシモは今まで聴いたことがない繊細な響きで、ゲネプロにも関わらず客席でいたく感動したことが忘れられません。超一流の指揮者はやはり凄いのだなと感心させられました。
シャルル・デュトワ指揮、モントリオール交響楽団による 第5場 パゴダの女王レドロネット~終曲 妖精の園 の演奏です。
防府市立桑山中学校 (1999年)
バレエ音楽「マ・メール・ロワ」より
第5場 パゴダの女王レドロネット 終曲 妖精の園
作曲:M.ラヴェル 編曲:淀 彰
全日本吹奏楽コンクール
1999年(第47回大会) 金賞
演奏:防府市立桑山中学校吹奏楽部
指揮:竹中 俊二
私が中学2年生の時に初めて聴いた演奏が防府市立桑山中学校の演奏で、淀彰さんによるバレエ版からの吹奏楽編曲版での演奏です。この演奏が「マ・メール・ロワ」の全国大会での初演となります。
もやがかかったような幻想的な響きから、第5場 パゴダの女王レドロネット《0:00~》が始まります。パゴダという陶磁器の中国風首振り人形とレドロネット姫の物語という背景があり、今では中国風の音階のメロディや響きだと分かるのですが、この演奏を最初に聴いた時は中国風の響きよりもラヴェルの繊細な響きの印象のほうが勝っていてなんて綺麗な曲なのだろうと思いました。冒頭のフルートの美しい響きからのピッコロソロがとても素晴らしく、打楽器と金管楽器の音色のセンスの良さが相まって人形のコミカルな動きがうまく表現されています。ラヴェル特有のたゆたう響きの表出が見事で、音色の美しさと音楽的なレベルの高さはとても中学生とは思えません。1:26のA管クラリネット(B♭クラリネットを重ねながら)の音色も美しいです。3:34からがバレエ版のみの間奏部分ですが、ゲシュトップ奏法を含むホルンがバッチリ決まっていて、4:13の原曲ではヴァイオリンソロの部分のピッコロからフルート、アルトサクソフォーンに移り変わっていく部分の美しい音色が印象的です。終曲 妖精の園《4:44~》では幅広いディナーミクと繊細なアゴーギグを自在に使いながら、6:04の哀愁のあるメロディを切なく歌い、最後まで美しいハーモニーと緊張感を保ったまま壮大に曲が終わります。
松本市立鎌田中学校 (2003年)
組曲「マ・メール・ロワ」より
Ⅰ. 眠りの森の美女のパヴァーヌ Ⅲ. パゴダの女王レドロネット Ⅴ. 妖精の園
作曲:M.ラヴェル 編曲:森田 一浩
全日本吹奏楽コンクール
2003年(第51回大会) 銀賞
演奏:松本市立鎌田中学校吹奏楽部
指揮:妹尾 圭子
2003年の松本市立鎌田中学校による演奏は、森田一浩さんによる管弦楽組曲版からの吹奏楽編曲版での全国大会初演となりました。30名という小編成での素晴らしい演奏は、その後この編曲版が多く演奏されるきっかけになった演奏だと思います。
ゆったりとしたテンポで Ⅰ. 眠りの森の美女のパヴァーヌ《0:00~》が始まります。フルート・ピッコロやホルン、クラリネットといった美しい音色のメロディが澄んだハーモニーの上で繊細に歌われていき、厳かにも感じられる空気感の中で曲に入り込むことができます。Ⅲ. パゴダの女王レドロネット《1:55~》では音色が美しいサクソフォーンセクションが大活躍で、ミュートトランペットもバッチリ決まり、ソプラノサクソフォーンの豊かな表現力が際立っています。3:12からの原曲ではクラリネットソロの部分の表情豊かなテナーサクソフォーンが印象的で、フルートと一緒にメロディを演奏するアルトサクソフォーンのブレンド感も見事です。Ⅴ. 妖精の園《5:14~》では冒頭から充実した響きでありながら各楽器がよくブレンドされたトゥッティサウンドが魅力的で、安心感を与えるような堂々とした演奏で最後のC-durのサウンドが美しく決まって曲が終わります。
私はこの演奏を会場で聴いていましたが、小編成とは思えない充実したサウンドと個人レベルの高さに感激したことを鮮明に覚えています。午後の部1番の演奏であったことと、細かいミスがいくつかあって小編成だと粗となって目立ってしまったことが惜しくも銀賞になってしまったのかなと思いましたが、小編成を生かしたアンサンブル力の高さや音楽的な演奏は銀賞名演と呼べる演奏だと思います。
あとがき
いかがでしたでしょうか。ラヴェル作曲「マ・メール・ロワ」の、コンクールでの名演をご紹介しました。
2025年はラヴェルの生誕150周年ということで彼の作品を聴くことができる機会が多いので、是非演奏会に足を運んでいただいてラヴェルの響きを会場で体験していただければと願っております。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。

塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。