皆さま、こんにちは。
前回に引き続き、作曲家のマルコム・アーノルドを特集します。アーノルドはバレエや映画の為の劇伴音楽を生涯で120作以上作曲しているのですが、その名前を世界的に有名にしたのは、1957年に公開された映画「戦場にかける橋」でのアカデミー作曲賞受賞ではないでしょうか。また、日本の吹奏楽業界おいても前々回の「第六の幸福をもたらす宿」の他、いくつかの曲が吹奏楽コンクールで演奏されていますので、今回はアーノルド作曲の劇伴音楽を全国大会に登場した順番にご紹介していきます。
バレエ音楽「女王への忠誠」
バレエ音楽「女王への忠誠」より
火の章、水の章、終曲
作曲:M.アーノルド 編曲:近藤 久敦
全日本吹奏楽コンクール
1993年(第41回大会) 金賞
演奏:アンサンブルリベルテ吹奏楽団
指揮:近藤 久敦
アーノルドの曲がコンクール全国大会で広く知られることになったのは1993年の一般部門での演奏がきっかけだと思いますが、この年に全国大会初演となった曲が、序曲「ピータールー」と、バレエ音楽「女王への忠誠」でした。バレエ音楽「女王への忠誠」の初演団体はアンサンブルリベルテ吹奏楽団で、その後はこれまでに2団体のみが全国大会で演奏しており、アーノルドの曲の中でもレアな曲だと思います。
パワフルな木管低音を中心とした低音で重厚に始まる火の章《0:00~》では、燃えさかる炎を彷彿とさせる激しさや荒々しさを表情豊かな演奏で存分に堪能させてくれます。金管楽器の技術力の高さや木管楽器の切れ味鋭いタンギングに圧倒されながら、打楽器セクションの音楽的なアクセントが効果的に決まっていきます。水の章《2:07~》では一転して木管楽器の滑らかなレガート奏法にキラリとチェレスタが輝いて穏やかな水の流れを想像させてくれたかと思えば、3:25で湧き上がる水のしぶきの如く爽快に駆け抜けていったり、4:37からのフルート、クラリネット、オーボエそれぞれのソロ回しに惹き込まれた後はトゥッティでの雄大な歌を聴かせてくれたりと、変幻自在な水の姿を音楽で見事に表現しています。金管楽器のファンファーレから終曲《6:42~》が始まり、木管楽器の少しコミカルなメロディの後に金管楽器中心の分厚いサウンドが響き渡って壮大に幕を閉じます。
狂詩曲「サウンド・バリアー」
狂詩曲「サウンド・バリアー」
作曲:M.アーノルド 編曲:近藤 久敦
全日本吹奏楽コンクール
1997年(第45回大会) 金賞
演奏:川口市・アンサンブルリベルテ吹奏楽団
指揮:近藤 久敦
「The Sound Barrier」という映画は、巨匠デヴィッド・リーン監督が1952年に発表したイギリスの航空映画で、邦題が「超音ジェット機」になります。音速を超えるスピードを出せるジェット機の開発と、それに関わる人々の人間模様を力強く描く空の冒険物語になっています。1997年の川口市・アンサンブルリベルテ吹奏楽団の演奏がコンクール全国大会での初演であり、全国大会唯一の演奏でもあります。
勇壮なホルン中心の豊かなサウンドで曲が始まり、木管楽器のまるで弦楽器のような表現のメロディから、木管楽器のスピード感に溢れたメロディが展開されていきます。このメロディは音の跳躍が激しく特にクラリネットで演奏するのは至難の業ですが、そのような技術的な難しさを感じさせないほど鮮やかに駆け抜けていきます。2:09から雰囲気が変わり、幻想的ながらもピッコロが緊張感を醸し出していきます。3:37のクラリネット・サクソフォーン両セクションの一体感のあるサウンドでのメロディが豊かに響き、音楽が段々落ち着いていったかと思えば4:56から速いテンポに戻って5:59からのスケールの大きな音楽を雄大に歌いこんでいき、技術的なレベルが総じて高い金管楽器が最後まで音圧を落とすことなく圧倒的な演奏で曲が終わります。
全曲に渡ってほとんど隙が無く、音楽的にも魅力的でコンクールとしても最上級の演奏になったのはこの年の全国大会がアンサンブルリベルテ吹奏楽団がある埼玉県での開催だったこともあったのでしょうか。課題曲の「五月の風」の名演と共に、記憶に残る名演となっています。
組曲「戦場にかける橋」
組曲「戦場にかける橋」より
Ⅰ. 前奏曲 捕虜収容所と脱走 Ⅳ. 終曲 クワイ河マーチ
作曲:M.アーノルド 編曲:木村 吉宏
全日本吹奏楽コンクール
1999年(第47回大会) 金賞
演奏:尼崎市吹奏楽団
指揮:辻井 清幸
「戦場にかける橋」は、巨匠デヴィッド・リーン監督の戦争映画の名作で、第30回アカデミー賞で作品賞・監督賞・作曲賞を含む7賞を受賞しました。第二次世界大戦下の日本軍捕虜収容所を舞台に、捕虜の連合軍兵士を使って橋を建設しようとする日本軍と、人間としての尊厳を求める連合軍との対立、ひそかに進行する橋の破壊作戦を壮大なスケールで描いています。この映画音楽の演奏会用管弦楽版の組曲も、「第六の幸福をもたらす宿」と同じくアーノルドの弟子のクリストファー・パルマーによって編曲されました。1999年の尼崎市吹奏楽団の演奏がコンクール全国大会での初演となっています。
Ⅰ. 前奏曲 捕虜収容所と脱走《0:00~》が重厚かつ大人数ならではのサウンドで始まります。戦争という背景に合った明るすぎずシリアスなサウンドでありながら、音楽的に重くなりすぎずに曲に必要なスピード感を保っているのは熟練の古豪一般バンドならではだと思います。2:07からや4:00からの部分がオアシスのようにほっと安らげるのもバンドのサウンドに懐の深さがあるからでのしょう。もちろん各楽器の技術力の高さだけでなく音色の深さと美しさがあるからなのは言うまでもありません。6:34からの緊張感がある美しいディミヌエンドも素晴らしいです。Ⅳ. 終曲 クワイ河マーチ《6:49~》では「ボギー大佐」をアーノルドが映画音楽用に編曲した「クワイ河マーチ」が演奏されていきますが、速すぎないテンポで軽快さはありながらもマーチの音の処理が美しく、微笑ましい気持ちにさせてくれます。ラストは大人数ならではの音圧を存分に生かした迫力あるサウンドで鮮やかに幕を閉じます。
あとがき
いかがでしたでしょうか。アーノルドが作曲した劇伴音楽の、コンクールでの名演をご紹介しました。
近現代の難解な技法とメロディやリズムのわかりやすさを両立し、親しみやすさも高い芸術性も感じることができる。そんなマルコム・アーノルドが作曲した交響曲・バレエ音楽・映画音楽を今月の3回の記事でご紹介しました。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。
塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。