皆さま、こんにちは。
前回に引き続き今回も1993年全国大会一般の部から、今では吹奏楽において定番となったとある作品の全国大会初演となった名演をご紹介します。
J.S.B.吹奏楽団
J.S.B.吹奏楽団は高校生から社会人までの吹奏楽愛好家で構成された鹿児島市を拠点とする吹奏楽団で、1975年に結成されました。現在までに全国大会に9回出場しており、九州支部を代表する一般バンドの一つとして鹿児島市を中心に今も精力的に活動しています。近年は吹奏楽コンクール自由曲に邦人作品を選ぶことが多く、作曲家の天野正道さんや福島弘和さんに委嘱作品を依頼して初演を行うなど積極的な活動を展開しています。そんなJ.S.B.吹奏楽団が1993年に全国大会初演の自由曲として披露した曲が、今や吹奏楽の定番となった、序曲「ピータールー」です。今回はその演奏をご紹介します。
【名演紹介】J.S.B.吹奏楽団(93年)
序曲「ピータールー」
作曲:M.アーノルド 編曲:近藤 久敦
全日本吹奏楽コンクール
1993年(第41回大会) 銀賞
演奏:J.S.B.吹奏楽団
指揮:増森 健一郎
序曲「ピータールー」は1968年にイギリスの作曲家であるマルコム・アーノルドによって作曲された作品で、1819年にイギリスのマンチェスターで起こった「ピータールーの大虐殺」を題材にしています。マルコム・アーノルドは特に映画音楽の分野で名が知られていますが、オーケストラ曲を吹奏楽に編曲した作品が1990年代から2010年代前半にかけて吹奏楽コンクール全国大会で多く演奏されていたことを考えると、日本においては吹奏楽の分野で有名な作曲家と言えると思います。「第六の幸運をもたらす宿」をはじめとした親しみやすい旋律と感動的なクライマックスがアーノルド作品の特徴で、吹奏楽という編成やコンクールに向いていたこともあってか、特に1990年代後半から2000年代前半に流行してたくさん演奏されました。
Gの伸ばしの音の響きから、アーノルドらしい美しいメロディで曲が始まります。音楽的に自然で余計なことをしない歌い方がとても魅力的で、メロディを受け継いだフルートとオーボエの美しい音色に耳を奪われます。1:32からバスドラムと複数のスネアドラムで騎馬隊が遠くからだんだん迫ってくる描写を表現していますが、この打楽器群のクレッシェンドとアンサンブルの揃い方がより恐怖を感じさせます。金管楽器の咆哮はしっかりした音圧がありながら響きが深くて大人ならではのサウンドです。木管楽器のクラスターは不協和のピッチがしっかりとれていて、2:33からの付点のリズムも3連符にならずにきちっととれているのは見事です。実際の大惨事が音楽で表現されていきますが、勢い任せにならずに各楽器が音圧を保ちながら音色とバランスが守られているのがとても素晴らしいです。
大惨事の惨状を表すように曲が静まり返った後、5:20からオーボエの大ソロが始まります。高音域でのメロディのフレーズは技術的にかなり難しいですが、美しいレガートで哀愁溢れるオーボエの艶のある音色での歌が心に沁みます。冒頭のメロディがG-durに転調されて木管楽器主体で奏でられ、クレッシェンドを経て金管楽器によって歌われる雄大なメロディは圧巻です。木管楽器の激しいトリルからトランペットの難しいパッセージが見事に決まり、最後までしっかりした音圧を保ったまま勢いが衰えることなく曲が終わります。
ピッチのずれなどの細かいミスが影響してしまったのか、惜しくも銀賞という結果でしたが、一般バンドならではの大人の音楽性と余裕のある深い響きのサウンドで、銀賞名演といえる記憶に残る演奏だと思います。
あとがき
いかがでしたでしょうか。アーノルド作品の魅力が最大限に伝わる、九州の一般バンドの名演をご紹介しました。
最後までお読みいただきありがとうございました。また次回お会いしましょう。
塚本 啓理(つかもと けいすけ)
兵庫県出身。12歳より吹奏楽部でクラリネットを始める。
明石市立朝霧中学校、兵庫県立明石北高等学校、東京藝術大学音楽学部器楽科クラリネット専攻を経て、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程を修了。
在学中に東京藝術大学室内楽定期演奏会に出演。
小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトⅩ「ヘンゼルとグレーテル」、Ⅺ「蝶々夫人」に出演。
これまでにクラリネットを藤井一男、村井祐児、山本正治、伊藤圭の各氏に、室内楽を四戸世紀、三界秀実の各氏に師事。
現在は、フリーランスのクラリネット奏者としてオーケストラや吹奏楽、室内楽の演奏活動をすると共に、後進の指導も精力的に行っている。